2011年8月23日火曜日

リビア内戦(7)

今年8月にイタリアが公式にNATOに対し、リビア難民の救出を要請。これはリビア内戦が始まって以来はじめてイタリアがイニシアティブをとった格好だ。それら難民はリビアから脱出し、イタリア領であるランペデューサ島(地中海にあるぺラージェ諸島の一つ)を目指していたのだと考えるのが妥当。24000人もの難民の多くは、そのランペデューサ島にいるようだ。ランペデュ-ザ島はリビアやチュニジアから最も近く、難民としてもここを目指すことが目標だったはずだ。けれども渡航力の無い船で地中海を進むのは困難を極める。多くのリビアからの難民が今なお地中海上でさまよっている可能性はある。

NATOの軍艦が、リビアからの難民をほったらかしにしていたというレポートがあったが、今年5月にNATOがそれを否定した。NATOの司令官らは当然国際条約について熟知しているはずだ。これは、海上における人命の安全のための国際条約(Solas, 1974)と呼ばれている。これは主に商船にとって最も大事な国際法の一種である。
とりわけ5章では、海上安全の観点から、政府がその国の全ての船に十分な人員を配置させることがうたわれている。

イタリア外務大臣であるフランコ・フラティーニはNATOのイタリア大使に、NATOがリビアについての現行法を修正し、リビアからの政治的避難民を救助できるようにするための議論をスタートさせるように依頼していた。イタリアは、リビアを包囲するためにいるNATO軍が難民からのSOSに知らないふりをしていた
という報告について調査するよう要請した。がイタリアも様々な意見があるようで、上院議員の北方地方の総務であるフェデリコ・ブリコーロはNATOがすべきなのはリビアに集中攻撃をかけるだけでなくリビアからの難民ボートをブロックし本国に送り返すことだと述べている。このブリコーロと言う人はかなりの右よりだと推測される。

そうしているうちに、42年間続いたカダフィ政権は崩壊したという情報が入った。反体制派が首都のトリポリをほぼ陥落させたという。トリポリの緑の広場では多くの群集が反乱軍のトリポリ入りを祝った。少し前には、人口70万のミスラタがカダフィ軍の激しい攻撃に晒されていたが何とか反体制派が形勢を逆転させた。カダフィ大佐の近衛兵士も減少し、カダフィ軍は敗北の様相が高まっている。トリポリのあちこちで体制側が戦っているが、NATOの空爆が質・量ともに5ヶ月前とは比べ物にならないくらい激烈なっていて48時間に40もの空爆ミッションがあり、体制側が圧倒されている。NATOの空爆の精度は時期と場所にたぶんに依存するのだろう。特に体制側からの対空砲火が激しい時や砂嵐があるときなどは、精度はかなり低下すると考えられる。今年4月30日にカダフィ大佐の長男であるセイフ・アラブ氏や孫がNATOの空爆で殺害された時は、それなりの精度があったのだろう。今後はカダフィ政権後のレジームのあり方がリビア情勢の焦点になってくる。

それでも体制側は地下の隠れ家やトンネルに身を潜めていて、依然として抵抗はまだあるようだ。カダフィ大佐の生まれ故郷であるスルトから22日2発のスカッドミサイルが発射されたことをNATO側が発表した。トリポリ以外でもまだカダフィ軍と反体制側とで激しい戦闘が行われている。ズリテンの南2マイルなどは激戦地区である。

 リビア国民評議会のリーダーであるムスタファ・アブドルジャリルは、真の勝利はカダフィがつかまった時だと述べた。実際に少し前にカダフィ大佐の次男であるセイフ・イスラム氏(LSEへ2億円の寄付をした人)が反乱軍のトリポリ制圧の最中に反乱軍に捕らえられたという情報が流れたが、セイフ・イスラム氏本人がトリポリ内のホテルで支持者らに健在振りを示した。米国政府高官である、ジェフリー・フェルトマンによれば正確な居場所はわからないがカダフィは依然としてリビア国内にいるという。
 
カダフィ政権のプロパガンダだったリビア国営放送は、反体制側が通信機器を押さえた際にその放送機関から立ち去ったようだ。

22日、オバマ大統領は「カダフィは金銭的にも軍事的にも消耗していて、カダフィの部隊も弱ってきている。ここ数日でリビア情勢は大きく(クライマックスへ)動き出した。トリポリ市民は自由を主張できるようになっている。米国はリビアの友人でありパートナーだが、反乱軍には暴力的なあだ討ちという手段に正義を求めることには賛同できない」という類の声明を出している。英国のキャメロン首相はカダフィ大佐が、彼がリビア国民に行ったおぞましい行為についてしっかり(法的な)正義と向き合うことを望むと述べている。キャメロンはオバマのスタンスとはやや異なり、新しいレジームがリビアの方向性を決め、同時にカダフィ大佐への処罰をも決めるべきであると考えているようだ。英国は凍結していた120億ポンド(今の為替で約1.5兆円)にものぼるリビアの資産をリリースするようだ。ドイツもそれにならい70億ポンドのリビアの資産のリリースを検討している。国連トップのバン・ギムンはカダフィ政権後のリビアへのサポートに関しての話し合いを開くとしている。

反体制側がカダフィ大佐の邸宅のあるバーブ・アジジャ地区を制圧したと言うニュースも入ってきている。

2011年7月27日水曜日

ハーパー内閣(3)

今月22日、ノルウェーの首都オスロでの爆弾テロ事件とウトヤ島で起きた無差別射撃事件で多くの市民が犠牲になった。オスロでの死者は8人、ウトヤ島での死者は68人にものぼる。ウトヤ島では与党の労働党が党大会・集会のようなものを開いていて、そこを狙われたようだ。実行犯はキリスト教原理主義者のようであり、「多文化主義によって歪められたノルウェーを元に戻すために、またイスラム教徒の侵略からノルウェーと西欧を守るために今回の犯行に及んだ」という。ノルウェーの労働党は移民政策に関して比較的寛容であり、その政策を転換させることが容疑者の犯行動機だったと考えられる。たった一人の原理主義者の無差別攻撃によって多くの市民が犠牲になったことは痛惜の極みであり、深く哀悼の意を表したい。

オスロでは今月25日にオスロで追悼集会が開かれ、イェンス・ストルテンベルグ首相が「悪は一人の人間を打ち負かすことはできるが、ノルウェー国民全体を打ち負かすことはできない」と述べ、さらに集会に参加したホーコン皇太子は「今夜、通りは愛で満たされている」と述べている。この追悼集会には少なくとも10万人が参加し、参加者は赤や白のバラで哀悼の意を表した。

もともとノルウェーは治安の良い地域が多いようで、ストルテンベルグ首相が公共交通機関を利用したり、閣僚が警護員なしにオスロの町を歩くことも珍しくは無かったようだ。今回の事件で平和な町のイメージが損なわれる可能性はある。ましてや移民の増加で、治安に多少なりとも影響を及ぼしてくるのは必至だろう。480万人の人口をほこるノルウェーでは1995年から2010年までの15年間で移民の数が3倍になり、その数が50万人にも達している。一部の有権者が移民増加政策を危惧するのも無理は無い。

カナダのスティーブン・ハーパー首相は声明を出し、カナダはこの残酷で愚かな暴力行為を糾弾し、被害者や事件を目撃された方など全ての方へお悔やみを申し上げると述べた。ハーパー首相はカナダ国民を代表し、ノルウェーのストルテンベルグ首相とノルウェー国民に弔意を表した。カナダというと多文化主義を政府が公式に採用していることで有名だ。歴史的・世界的にはインドが多文化主義の先頭を走っていたのだろうが、欧米においてはカナダが1963年の二文化主義を検討しだしたことが最初だろう。(私の立場では、米国は他民族国家ではあるが多文化主義とはいえない。あくまでも英語が事実上の国語であり、スペイン語の公用語化は一部の州を除けば行われていない。日常生活・公の活動の場面でも英語の使用が当然となっている。)その後カナダではピエール・トルドー内閣において、1971年に二文化主義の採用で英仏2ヶ国語を公用語にし、ブライアン・マルルー二ー内閣の下で1986年に雇用均等法、その2年後には多文化主義法(Canadian Multiculturalism Act)を制定し世界における多文化主義の一種のモデルとなっている。CMAでは、多文化主義がカナダの遺産であることの認識それを保護すること、カナダ原住民の権利の尊重、(依然として英仏が公用語だが)英仏以外の言語の使用の可能性、人種・宗教に関係なく権利の平等、文化的マイノリティーの人たちが彼らの文化を享受することなどが盛り込まれている。

今年5月に行われた総選挙で、下院308議席中102議席を獲得し躍進した新民主党であるが、その原動力となった党首のジャック・レートンが病気のために一時的に党代表を退くことが決まった。今月25日にレートン氏本人からその発表があり、新たな癌を患い、その治療のために代表を一時的に辞任すると決定した。レートン氏は以前から前立腺癌と闘っており、また最近では骨盤骨折から回復したばかりだった。そこに新たな癌が発見されたために、政治活動よりも治療を優先することになった。

レートン氏が会見した後にハーパー首相がレートン氏と会談し、「レートン氏のあらたな癌と闘う勇気とその決断に励まされた」と述べた。レートン氏は今年の9月中旬から下旬には下院に戻ってくると述べ、ハーパー首相もそれを待ち望んでいると述べた。

そのハーパー内閣であるが、最近は欧州に圧力をかけ始めているようだ。
ハーパー内閣はオイル産業と良い関係を保っているようで、・・ 欧州でのカナダのロビー活動は環境保護に熱心なEUの議員にとっての脅威となっている。2年前よりこの傾向が顕著になり、世界の主要都市で、カナダ外務省によって結成されたOSTがかなりの規模のキャンペーンを展開している。彼らの活動は、国際ジャーナリストに働きかけタールサンドのメディア印象を高めたり、EU議会議員のためにアルバータへの視察旅行をセッティングしたり(もちろん公費)さらには猛然と反タールサンド政策へ反対するロビー活動を行ったりと多岐にわたる。英国政府はこの活動に圧倒されて、反タールサンドへの署名を拒絶するまでにいたっている。

OSTは他の大規模石油会社とも良い関係を保ってきているようで、BPやシェルなどと何度も密かに会談し、石油産業にとって利害が一致するような政策を練っているようだ。石油会社であり、国際石油資本のひとつであるトタルは2020年までに200億USドルをアルバータのプロジェクトに注ぐことを表明している。ハーパー首相自身も2010年6月にパリでサルコジ首相との会談の後に、トタルのCEOと密かに会談している。ハーパー首相には壮大な構想があるんだなと思う。2040年までにカナダを世界のエネルギー供給国として超大国の仲間いりを果たそうということだろう。
 
カナダはEUにおけるクリーンエネルギー政策をつぶそうとしている話もあるようで、彼らのエネルギー政策として、再生可能エネルギーではなく、化石燃料、しかも原油からタールサンド(粘度の高い石油を天然に含む砂)へのシフトを狙っているとも考えられる。このタールサンドはアルバータ州にみられるどろどろの瀝青で、石油への転換はかなりコストがかかり、工場近隣の住民への影響も懸念される。

欧州側は、対抗方針を打ち出し、クリーンエネルギー使用を全面に出してカナダからのタールサンド輸入を制限するようだ。この方針は、欧州でタールサンドに投資している石油企業がその分野から撤退するのを早める結果となる。また米国においても、キーストーンXLパイプラインが、カナダのアルバート州から、アメリカのイリノイ州やオクラホマ州へ原油をおくるパイプラインであるが、現在はヒラリー・クリントン国務長官らによる再調査・検討が行われている。

2011年6月17日金曜日

リビア内戦(5)

国債刑事裁判所はカダフィ大佐とその息子セイフイスラム氏、同国諜報機関の長であるAbdullah Sanussi氏への逮捕状を請求したが、その実効性に疑問符がつく。3年前にICCは、虐殺の罪でスーダンの大統領である オマル・アルバシール氏への逮捕状を承認したのだが、アルバシール氏はアフリカ諸国を逃げまわり結局その大統領を逮捕することはできなかった。今回のカダフィ大佐らの件でも同じことが起こるのではないかと思われる。またシリアやバーレーンでも同じような恐ろしい人権侵害がなされているにもかかわらず、リビアのケースにだけICCが関与するのは政治的なバイアスがかかっているといわざるを得ない。さらに言えば、アフリカ諸国のリーダーだけがICCの標的になっていることへの不公平感もあるだろう。アジア、ヨーロッパ諸国にだって内戦やジェノサイドが行われているためである。

しかし、現在リビアでおこっているカダフィ軍によるリビア市民への残虐な行為はいかなる理由を以ってしても正当化されない。人口約70万人のミスラタがカダフィ軍の激しい攻撃にさらされていて、2月15日の抗争開始から2ヶ月足らずで数百の市民が犠牲になっていることは既に書いた。そしてミスラタにいる反乱軍がNATOに援護を要請していることも周知の通りである。ミスラタにいる反乱軍はカダフィ軍との交戦の後に、カダフィ軍兵士が撤退の際に落としていった弾薬や武器を反乱軍のものとして活用している。

ミズラーターへの容赦ない攻撃は今もなお続いている。4月中旬からその都市へのカダフィ軍の攻撃が激しくなっていて、四方八方から攻撃をかけているようだ。そのため反乱軍は、防護壁や要塞を造りながら必死で防衛に当たりつつより一層のサポートをNATOに対して要請している。NATOはこの要請を無視していてこれが反乱軍の不満の要因になっている。NATOとの連絡係であるFathi Bashagaによれば、ベンガジにある司令塔へアパッチを投入しカダフィ軍と交戦するよう要請しているが回答を留保されているようだ。国連決議1973ではアパッチを投入できるだけの法的根拠となりえないと考えられるが、フランス軍と共に結局イギリスは6月上旬に4機のアパッチをリビア内戦へ投入したようだ。そしてフランスのメディアによれば、14のターゲットの破壊などそれなりの戦果もあげている。

それでもなお反乱軍のフラストレーションは減っていない。NATO側はミスラタ西方のカダフィ軍がミスラタへ大規模な攻撃を加えることが可能かどうかは明確ではないなどと悠長なことを言っているくらいである。それだけNATOの認識が甘いかもしくは大規模な空爆ができないことの口実としてそのようなことを言っているのであろう。また、NATO司令官らと反乱軍のコミュニケーション不足・連携不足で一般人が戦闘に巻き込まれてしまう懸念が高まっている。

カダフィ大佐に忠実なる学生リーダーがイタリアにて逮捕された模様。その学生リーダーは、リビア内戦における反乱軍の外交の代表であるアブドゥル・ラフマン・シャルガムを暗殺しようと企て、さらにはローマにあるリビア大使館を襲撃する計画も立てていたようである。そのリーダーの名はNuri Ahusainであり、イタリア国内でのリビア学生連合の長であり、anti-terrorist police によって彼の自宅にて逮捕されたようだ。Ahusain氏をリーダーとする犯行グループは十数名いるようであり、そのうちのAhusain氏のほかの2名が逮捕されている。シャルガム氏は2000年から2009年までカダフィ体制の外務大臣であり国連大使も務めていたが、今年2月25日に離反し、反体制側へついた人である。今年5月30日に記者会見の場に姿を現していた。

2011年6月3日金曜日

ハーパー内閣(2)

今年3月にステファン・ハーパー内閣への不信任決議案が156対145で可決され、ハーパー首相は下院を解散。今年5月上旬に下院の選挙が行われた。

選挙前の政党支持率はハーパー首相率いる保守党が37%、新民主党が30.6%、野党の自由党が22.7%の支持を得ていた。保守党以外の3党は2,3年以内に緊縮に舵をきることを公約にしている。過去に政権の座についたことのない新民主党は法人税増税と政府支出の増加(中福祉中負担というのが適切だろうか? トロント生まれのハーパー氏はこれを批判しているのでハーパー氏にとってはこれでも財政出動が足りないということなのだろう)、保護貿易さらにはCO2排出削減のための貿易システム構築などを掲げる。ハーパー首相は選挙期間中に他党への激しいネガティブキャンペーンを展開し、保守党こそがカナダ国民にとって最善の選択であると主張している。ハーパー内閣のその他の政策としては中絶禁止法案の可決(目下のところカナダでは中絶は合法とされている)や軍需産業への支出拡大が挙げられる。さらにはこれまでは政党へは個人献金だけが許され、政党への企業献金は禁止されていたがこれについての条件緩和なども行われる。


2006年に保守党が与党になって以来、ハーパー内閣は適切な経済政策をとってきた。個人消費を促すために、消費税の段階的引き下げを行ってきた。同国の産業にとって不利となるClimate change legislationを凍結してきた。また2008年の米国の金融危機の影響で多くの先進諸国の経済が悪化していく中、ハーパー内閣は政府の負債を大幅に増やす積極財政を継続させカナダ経済をリセッションから抜け出すことに成功させており、同国経済は先進国の中で極めてよい状態にある。
ハーパーはカナダのジョージ・W・ブッシュだと主張する人たちもいるのだが、明らかに経済政策において両者は異なる。ブッシュやレーガンが新自由主義で貧富の格差拡大や、富裕層優遇政策、挙句の果てにはサブプライムショックや金融危機などを起こし米国の失業率を10%にまで増加させたのに対し、ハーパーは積極財政にて経済を活性化させている。

注目の選挙結果は保守党が下院308議席中167議席を獲得し勝利、102議席を獲得した新民主党は最大野党になった。選挙前は77議席保持していた自由党は34議席と大幅に議席数を減らした。自由党党首のマイケル・イグナティエフ氏は敗北を認めている。トロントより出馬したイグナエフ氏自身も落選してしまった。4議席獲得するに留まったBloc Quebecoisも惨敗であり、その党首も落選している。(党首落選は2007年でのオーストラリアでの選挙を彷彿とさせる。)しかしながら獲得議席では保守党が約40%であったのに対し、自由党は約20%と、議席の差ほどには差がついていないことも留意しなければならない。

公約が実行に移されるかどうかだが、ハーパー内閣が消極的であった環境法への対応が気になるところである。前回述べたように、アルバータは世界第2位の石油埋蔵量をほこる。環境法の可決は石油輸出産業にとってマイナスになるためカナダの国益のためには可決を避けたいのだろう。


国際エネルギー機関(IEA)によれば2008年のカナダにおける原油産出量はおよそ100メガトン(Mt)であり米国の40%、日本の産出量の300倍に相当する。米国は人口が多いために原油の消費量も多く、輸出量は1.4メガトンとオーストラリアの1割程度しかない。それに対してカナダはおよそ70メガトンの原油を輸出できる資源大国である。またノルウェーの原油産出量がカナダに匹敵する(約100メガトン)ことは注目に値する。ノルウェーは産出量の9割にあたる90メガトンもの原油を輸出している。これがノルウェーがユーロに非加盟である理由かもしれない。もしユーロに入ってしまうと通貨下落のメリットを受けることができないので原油輸出に不利に働くのである。ノルウェーはかなりの貿易黒字国であり、その理由が今までわからなかったがこれが一つの要素であるといえる。

2011年5月26日木曜日

リビア内戦(4)

今年5月11日にカダフィ大佐が国営テレビ(Libyan state television)に出演し、共演者である部族指導者らによってカダフィ軍の勝利を祈願されたようだ。カダフィ大佐が公の場に姿を現すのは4月30日以来である。

NATOがカダフィ軍の補給路をたたいたとしてもそれらは勝敗の決定要因にはなっていない模様だ。けれども今年5月14日に、カダフィ大佐の妻であるサフィア氏と娘のアイシャ氏がリビアの代表者と共にチュニジアに入り、同国南部のジェルバ島(Djerba)に滞在しているという情報が入ってきている。一方アルジャジーラは、「チュニジア内務省がカダフィ大佐の妻と娘のチュニジア滞在を否定した」と報じている。このことからもカダフィ側も決して万全というわけではないことがわかる。

足並みが乱れているとはいえNATOは空爆を継続するようだ。今年4月30日にトリポリなどを爆撃したが、この空爆でカダフィ大佐の息子(Saif al-Arab セイフアラブ氏)や孫が死亡したと言われているが定かではない。カダフィ大佐は息子の葬儀には出席しなかったが、これは同氏がセキュリティに細心の注意を払っているためだという。それでも自分の息子の葬式に出席しないのはいかがなものかとトリポリにいるカダフィ体制の支持者も疑問を抱いている。LSEがカダフィ大佐の次男であるセイフイスラム氏から多額の寄付金(約2億円)を受け取っていたことは過去に述べたが、セイフイスラム氏は健在のようだ。

国際刑事裁判所(The International Criminal Court; ICC)がカダフィ大佐やその息子、その国の諜報機関などに逮捕状を出すことを検討しているようだ。これにより国連加盟国はもし彼らがその加盟国の領域に入れば彼らを逮捕することが要求されるようになるだろう。カダフィ大佐の妻と娘がチュニジア入りしたのはチュニジアがICC締約国ではないことと関係があるのだろうか。

その数時間後にトリポリとその周辺への空爆を行ったようだ。だがNATOによる空爆は精度が低く、この空爆自体にリビア国民を守るだけの効果があるのか疑問である。むしろこの空爆が罪無きリビア市民の生命を脅かしているという事実も否定できない。NATOの元少将であるChris Parry氏は、NATOによるリビアにおけるミッションは、はやくもイラクやアフガニスタンの二の舞になりつつあると述べている。また、リビアが無政府状態になる前に今回の軍事作戦を根本から見直す必要性を唱えている。実際にリビア内戦は膠着状態に入りつつある。労働党のShadow cabinet secretary of defenceであるジム・マーフィーは「NATOは事態を打開できておらず、もし英国が新たな軍事兵器・部隊を投入する計画ならば議会にそれをしっかり情報開示するべきである」と述べている。基本的には民主主義国家であっても軍事機密は一部の上層部が握っているわけだが、どれだけ情報をオープンにするかは国によって(国の成熟度によって?)異なるだろう。政権与党には政府を通じてそれなりの情報が入ってくるだろうが、野党だと防衛省の官僚とのコミュニケーションが与党に比べて少なくなる。少ない情報の中で新たな立法措置のための議論がまともになされる保証はない。

アパッチは攻撃用ヘリコプターとして1991年の湾岸戦争に投入され、米軍の戦力となった。アパッチを作戦に投入すれば標的への命中精度がより高まり誤爆を減らせるらしいが、マーフィーによればこのアパッチの投入によってリビア内戦が激化する恐れがあるという。また国連安保理決議1973では、飛行禁止区域設定、リビア市民の安全確保や即時停戦などを目的とした軍事介入が了承されたに過ぎず、アパッチ部隊展開によってカダフィ大佐を頂点とするレジーム(支配体制)を打ち倒す類の軍事行動が国際法上許されるかどうか議論が分かれる。そんな中フランスは既にヘリコプター部隊をリビア内戦に投入する決断を下していて、 この決定が英国議会にも影響を及ぼしている。労働党は、リビア内戦への同国の軍事介入をサポートしつつも野党としての監視により重点を置くとしている。与党である保守党の議員であるジョン・バロンは「アパッチが配属されるされないに関係なく、リビア内戦の激化は想定の範囲内であり、リビアのレジーム打倒が我々の軍事介入の目的だ」とまで述べている。保守党は国内向けには財政危機を煽り緊縮財政を強行しながら、対外的、とりわけコストを要する軍事行動には積極的のようだ。

現状の国連安保理決議ではNATOができることにかなりの制約があり、リビア市民を守ることはできるが積極的な戦闘行動をとれるわけではない。ドイツやロシアが棄権したほど安保理内で議論が分かれるような前回の国連安保理決議1973を上回る裁量権をNATOに与えるような新たな決議を得ることは相当難しいだろうし、実際可決したとしても誰が(どの国が)率先して地上部隊を派遣するのか見通しが立っていない。キプロスの沿岸に、万一に備え停泊している、駆逐艦や中型戦艦、さらには分遣隊からなるRoyal Navyを動かすことも視野に入れるべきとの見解もある。これらが動けばカダフィ軍への大きな圧力になるほか、NATOが少数の地上部隊の派遣という選択肢を得ることになる。

アフガニスタン抗争においても同様にNATOは地上部隊の派遣には極めて消極的である。理由は簡単で、犠牲者が増えるからである。コストについても同様で、Parry氏はリビアでの今回の作戦自体が安上がりになっているために十分な軍事行動をとれないことを危惧しているようだ。

リビアのスポークスマンであるMoussa Ibrahim氏は内務省ビルへの空爆は、ベンガジにいる反乱軍のリーダーに関する書類やカダフィ軍の資本がそのビルにあったためとしている。Ibrahim氏は、「もし本当にNATOがリビアでの停戦を望んでいるのなら、彼らはカダフィ側と何かしらの会談や和平交渉を行うはずだが、実際にはリビア市民を守るという大儀の下でリビアのレジーム打倒を行っている(目指している)」と付け加えている。このような連合軍によるリビアへの軍事ミッションは2003年のイラク戦争時に米国によるイラク侵攻が行われた際の手法とさして差がない。

2011年4月18日月曜日

リビア内戦(3)

英米仏が、リビア上の飛行禁止区域の設定などを定めた国際連合安全保障理事会決議1973 (安保理決議1973)を経て今年3月19日に有志連合という形でついに本格的にリビア内戦への軍事介入を始めたが、主要各国の足並みはそろわない。国連決議案1973にドイツ、ロシア、中国、ブラジルそしてインドは棄権。BRICS首脳会議ではNATOのリビア空爆に反対し、あくまでも平和的解決を求める声明を出した。ドイツ国内でも軍事行動には賛否両論である。

一方で、米国のオバマ大統領、仏国のサルコジ大統領そして英国のキャメロン首相は、ガダフィ軍によるミスラタ市民への殺戮を「中世の包囲攻撃である」とし、、 共同署名で「もし世界が(ガダフィ軍の残虐な行為を)容認するようなことがあれば、それは途方もない裏切り行為となるだろう」と声明を出している。

だが、NATO加盟国の多くが空爆に消極的だ。アフガニスタン抗争における空爆で戦費がかさんだためにリビアにまで軍事行動をかける余裕が無いのだろう。またPIIGS諸国の財政問題とそれへのECBの対応もこれに関係していると思われる。(自国に中央銀行がないユーロ圏の場合は、お金を刷って自国通貨の供給量を高めるという政策がとれないのである。それがその国の財政政策に影響を及ぼすのは必然だ。)その結束の弱まったNATOがカダフィ軍の補給路を叩いたのだが、依然としてその軍隊の態勢は崩れていないようである。というのも砂嵐がNATO軍の空爆に対する防護壁になっているからで、カダフィ軍はアジュダビヤー(人口15万の都市)の西部ゲートへの攻勢を強めている。先月アジュダビヤーはガダフィ軍によって包囲されたがNATO軍が空爆したことで、その都市を防衛することに成功した。しかしガダフィ軍による市民への無差別攻撃は続けられている。人口70万を誇るミスラタはカダフィ軍の激しい攻撃に曝され続けており、この2ヶ月の間に数百の市民が犠牲になったといわれる。前の記事でも述べたが、人口44万人のベンガジは反乱軍の拠点であり、人々はガダフィ軍の攻撃から逃れるためにベンガジへと向かっている。

ミスラタにいる反乱軍はNATOに地上部隊を派遣するよう要請している。だが国連安保理決議1973では、外国の軍隊によるリビア占領の項目を除外しているために政治家が更なる軍事行動に踏み切れないでいる。反乱軍はNATOの軍事アクションが不足していることを嘆いている。

ガダフィ大佐の生まれ故郷であるスルトにいた人の証言から、ガダフィ軍が捕虜に対して残酷な行為を行っていることがわかる。内容が恐ろしいのでこのブログでは書けない。これが真実だとすれば、これは明らかに国際法違反でありまた人道的観点からも決して許されないことだ。英国のキャメロン首相は「ガダフィ大佐が依然としてミスラタにて殺戮を行いその都市を支配下に置く意思があるのは、(私にとっては)疑いの無いことだ」、「そしてベンガジの支配権までも考えていて、もしガダフィ軍がベンガジを侵略すれば、間違いなく虐殺が起きるだろう」、「我々は市民を守るためにあらゆる手段を講じるべきである」と述べている。

カダフィ軍がクラスター爆弾を使ったという報道がされているが、簡単にそれを信じるのは危険である(リビア政府側はそれを否定している)。1990年代初頭の湾岸戦争のときには「フセイン軍が防衛のためにペルシャ湾に原油を廃棄した」などという報道がされたが、真実は米軍が誤爆したクウェートの石油精製工場やパイプラインから多量の原油が流出したことが原因であった。米軍が世界からの支持を得るために行ったでっち上げであったことがわかっている。またイラク戦争開戦の米軍の動機だった「フセイン軍が大量破壊兵器を保有している」というのは、その後のIAEAによる調査によって事実ではないことが確認されている。(同年IAEAはノーベル平和賞を得ている。)

しかしながらクラスター爆弾を使ったという証拠は、目撃者の増加と共につみあがってきているようだ。リビア政府はトリポリからジャーナリストがミスラタへ入ることを禁じている。 ヒューマン・ライツ・ウォッチは写真や軍事専門家からの証言を公開して、ガダフィ軍によるクラスター爆弾の使用の蓋然性を高めている。 ヒューマン・ライツ・ウォッチ の武器部門の主任であるスティーブ・グース氏は「ガダフィ軍はクラスター爆弾を使用し、結果として多くの不発弾がまき散らされ、多くの市民へ重大な危険性を与えている」と述べている。

クラスター爆弾の使用は100以上の国で禁止されているが、リビアはこの国際条約に署名していない。内政不干渉の原則があるとはいえ、人道的にはこのような兵器は全廃すべきだ。国際法の難しさを実感する。

2011年4月10日日曜日

リビア内戦(2)

およそ40年間リビアを統治してきたカダフィ大佐の忠臣による軍と反乱軍との戦いが今年2月15日に始まり2ヶ月を経ているが、既に先月17日に国連安保理がリビアでの軍事行動を容認する決議を採択(国連安保理決議1973 United Nations Security Council Resolution 1973)し、それに基づき英米仏を中心とした多国籍軍(ベルギー、オランダ、カナダ、デンマークなどが参加)が「オデッセイの夜明け」というリビアへの軍事作戦を開始している。決議1973の採決にはロシア、中国、ドイツ、インドそしてブラジルが棄権している。ドイツの棄権票はドイツ国内でも意見が二分されているようで、ドイツ前外務大臣のJoschka Fischerは、現外務大臣Guido Westerwelleが今回安保理決議1973に棄権したことを「スキャンダラスな過ちだ」とし、「ドイツは国連や中東での信用を失うだろう」と述べている一方で、世論はドイツ有権者の3分の2がドイツの軍事作戦参加に反対であり、Westerwelleの決断を支持している。Westerwelleは棄権票ではなく反対票を投じたかったがメルケル首相に説得され棄権としたと報じる新聞もある。

欧州中心の軍事行動は2003年のイラク戦争以来となる。3月19日には米軍のトマホークミサイル約100発がトリポリなどの軍事機関へむけて発射された。多国籍軍の指揮権はNATOに移ったが、そのNATOはリビアにおける飛行禁止区域の設定を国連決議1973によって強制し、即時停戦の要求、また加盟国へカダフィ軍からリビア市民を守るために軍事力を行使することを要請している。

南アフリカのZuma大統領がリビアのトリポリへ、停戦のための話し合いのために到着して、その後NATOによる空爆が行われた模様だ。Zuma大統領はカダフィ大佐との面会のみならず、反乱軍の拠点である人口44万人のベンガジへも訪れることになっている。

空爆はアジュダービヤ-(人口15万のリビアの都市)へ進軍する11両の戦車を破壊、またその都市の5倍の人口を誇るミズラーター郊外にて14両以上の戦車に打撃を与えた。また空爆によりカダフィ軍の補給路のための道路にクレーターができたという。

NATOの軍事作戦の指揮を執っているCharles Bouchardは 、カダフィ大佐とその軍はアジュダビヤーやミズラーター市民にも容赦ない攻撃をくわえていて、今回の空爆がカダフィ軍の兵器とその兵站機関を目標としたものだと述べている。

リビアでのオイル生産がおちこみ、たとえ反乱軍が原油生産を統治したとしても、生産量はリビア内戦前の3分の一にも満たないだろうと予想されている。今月8日には約30ヶ月ぶりに原油価格が1バレル$112を超えた。これが最近の欧州中央銀行の利上げにつながっている。

2011年3月31日木曜日

東北大震災(5)

2009年の総選挙で「コンクリートから人へ」という安易なスローガンの下で勝利した民主党だが、そのコンクリートが今回の東日本大震災とそれに続く大津波から人や町を守ったケースがあったので紹介したい。

岩手県下閉伊郡普代村は人口約3000人の太平洋に面した村である。河北新報社の記事によると普代村には「東北一」と呼ばれる高さ15.5メートル幅205メートルの普代水門(コンクリート製)があり、約25年前(1984年)に普代川河口から約300メートル上流に建造された。1896年の明治三陸大津波で死者・不明者が1010人に及んだ普代村は、その教訓から防災のための防壁設置を検討したようだ。今回の大津波では20メートルを超える波が来たが、震災直後に久慈消防署普代分署が遠隔操作で普代水門を閉めたため津波は水門の上流200メートル付近の河川域で止まったようだ。これにより行方不明者1人死者0人、住宅被害は床上浸水1棟という最小限の被害に抑えている(3月25日現在)。深渡宏村長は「水門のおかげで村民の生命財産が守られた。漁業施設の再建に全力で取り組みたい」と述べている。


宮城県本吉郡南三陸町は人口約17000人の太平洋に面する町である。そのうち約10000人と以前連絡がつかない状況で、3月14日までに1000人の死亡が確認されている状況だ。 そんな中スポニチなども報じているが、行方不明だった南三陸町の佐藤仁町長が生還を果たした。3月11日に佐藤町長は町議会3月定例会の最終日の閉会の挨拶のさなかに地震に襲われ、立っていることもままならず、議場にいた約40人は机の下に隠れた。地震が収まった後、町議らと共に総合防災庁舎へ移動しそこで津波到来の連絡を受け3階建ての屋上に上がった。その庁舎は、1960年のチリ地震津波での被害を教訓とし、高さ11メートルの鉄筋コンクリート製の建物であり、地震・津波をはじめとする災害時における救助や被災者支援などの拠点となる施設だった。津波第一波がこの庁舎から300メートル離れた高さ7メートルの防波堤をこえて押し寄せ、この庁舎の全ての壁と天井をうちぬいた。屋上の金網に必死ですがりついた10人ほどの町職員らは波が引くと金網ごといなくなった。佐藤町長の体は偶然、外の非常階段の手すりにぶつかってとまった。30人いた屋上への避難者のうち佐藤町長を含む10人が残り、その10人は高さ5メートルの2本のアンテナにのぼった。第2波、3波が到来し10人の下を波が何度も行きかったが彼らはアンテナにしがみつきながら耐えた。11日夜はアンテナの上で10人が流れ着いた発泡スチロールや木くずなどを燃やして暖を取り、12日朝になって庁舎に絡まっていた漁業用ロープをつかって地上におりた。彼らは昼前に避難所である同町スポーツ交流村に着き、避難していた住民とともに生還を喜んだという。佐藤町長は「拾った命。町民のために全力を尽くす」と述べ、3月13日より公務に復帰し災害対策本部を設置、陣頭指揮を執っている。14日の会見では、「壊滅した地区も複数あり、米や毛布、水など支援物資の不足が著しい」と、生活に関連する物資等の緊急支援の必要性を訴えた。

このように公共事業が名目GDP成長のみならず国民の生命や財産をも守っていることが今回の震災で再確認されている。にもかかわらず一部の財政再建派は国債発行を抑制しようとしている。今日本国民とくに被災された多くの方々が生活物資の不足や震災後のストレスなどで苦しんでおられる。その方々のためにも今すぐ国債を10~20兆円発行して復興支援に当てるべきなのだ。できれば発行した国債は日銀に買い取ってもらうべきだ。

また防災対策に関しても、地震その他災害が起こってからでは遅いのだ。しっかりと前もって防災のための公共事業を行い、町や人を守る体制をつくっておくべきなのだ。

2011年3月23日水曜日

東北大震災(4)

今月20日、東京消防庁は241人の隊員と消防車44台を福島第一原子力発電所へ派遣し、3号機への放水活動を行った。3号機よりわずか2メートルの距離に放水車を置き、地上22メートルの高さから放水した。はなれた場所で海水をくみ上げ、それを消防車に送りながら放水を行ったようだ。送水にあたっては全長800メートルのホースをひいたようだ。放水は3回にわけ、トータルで20時間かかったようだ。福島第一原発では消防隊の活躍によりわずかではあるが事態を改善させつつある。しかし依然としてメルトダウンの危険性は払拭されてはいない。今月23日には3号機より黒煙があがり、復旧作業が中断しているらしい。以前にも述べたが、3号機だけ燃料としてプルトニウムを使っているのだ。東電としては、外部電源をつなぐことで冷却水を送り込む予定であったが、結局1~4号機で作業が中断してしまった。5号機は使用済み核燃料のプールの温度が50度未満であり安全圏内ではあるが、ポンプにトラブルが発生し再び冷却機能が失われた。

・メルトダウン
メルトダウンとは深刻な原子炉事故の非正式用語であり、International Atomic Energy Agency (IAEA) によって定義されてはいない。大雑把には、原子炉のコアの部分が融けてしまう状態のことをさし、core melting accident (CMA、炉心溶融)がメルトダウンに近い意味をなす。炉心溶融は、単位核燃料の温度がその核燃料の融解温度を超えたときに発生する。平時には冷却水が炉心を冷やしているのだが、なんらかのトラブルでこの冷却機能を上回る状態で炉心で熱が発生すると原子炉が暴走する形でコアの温度がその融解温度へ達する。メルトダウンの発生は放射性核種の外部リークという更なる災害をもたらしかねない。

メルトダウンの原因としては、圧力制御の喪失や冷却機能不全、原子炉の出力の突発的上昇などがある。圧力制御喪失では冷却材の圧力が再起不能なほど低下する。この際(冷却材として不活性ガスを使っているときに)熱輸送効率の低下が起こりうる。水圧冷却型の原子炉(PWR)では核燃料の周りに蒸気の絶縁バブルが発生したりすることがある。ガス冷却型の原子炉(GCR)ではこのような圧力調節能低下によってコアの部分の圧力低下を招き、熱輸送効率低下と核燃料の冷却機能に大きな障害が出る。しかし、一つでも機能しているガス循環があれば核燃料は冷却状態が保たれる。PWRの原子炉は商業用の原子炉としては最もよく用いられていて、沸騰水型の原子炉(BWR)がこれに続く。BWRでは上記のような蒸気バブルは発生しにくい。

冷却機能不全の原因は、冷却剤そのものの損失か冷却剤の輸送障害のいずれか(もしくは両方)である。GCRではグラファイトを中性子減速剤とし、CO2を冷却剤として使用しているために
先ほど述べたPWRにおける蒸気バブルの発生は、立ち往生した冷却水が過剰に加熱されることによって生じるという観点から輸送障害に入れることができるだろう。1979年の米国のスリーマイル島原発事故では機器系統の異常などのほか、冷却水が(安全弁の固着により、開いたままになり)大量に失われてしまったことが直接の原因になった。

原子炉の突然の出力上昇は、中性子減速剤の特性変化や制御棒の噴射・排出などにより、中性子の連鎖反応に関する増倍率をつかさどる制限が著しく変えられてしまうために起こる。high power chnnel-type reactor (RBMK)は旧ソビエト連邦で主に使われていた原子炉で黒鉛によって中性子が減速されるタイプの原子炉であり、2010年においても11機稼動しているといわれている。RBMKでは自然ウラン(ウラニウム235)を燃料として使えるために、安上がりだったことが使用の決め手だったのかもしれない。RBMKは反応性に関する正のボイド係数をもち、減速剤や冷却剤に蒸気バブルなどボイド(空虚・空隙)が形成されたさいに炉心の出力が増加するようになっている。バブルは中性子を吸収しないため、炉心の出力がさらに増加するという正のフィードバック効果をもっている。これが1986年の旧ソ連でのチェルノブイリ事故の原因のひとつだった。

RBMKや液体ナトリウム冷却型の原子炉では、炉心での発火もメルトダウンの原因になる。グラファイトはWigner効果(中性子線による固体原子の配置転換;1MeVの中性子の衝突が900の配置転換をおこすようだ)の累積に左右されやすく、グラファイト自体を過剰加熱させる原因となる。1957年の英国でのWindscale fireはこれが原因だった。


・復興国債
現在、政府が今回の震災の復興支援のための復興国債を10兆円発行し、日銀に買い取ってもらう計画を練っているという。国債の日銀買取には賛成だ。政府紙幣の発行と国債の中央銀行による買取は実質的に同じものだ。今回の震災での被害は阪神大震災をこえるものであり、緊急の経済支援は当然だ。そうでなければ一体何のための国家なのだ?あのレッセ・フェールでさえ防衛や治安維持には財政支出が不可欠であるとしているのに、福祉国家を標榜する日本がそれすらやらなかったら全く経済をしらないのと同じである。

2011年3月13日日曜日

東北大震災(1)

日本において今月上旬に東北地方が大地震に襲われた。ニュージーランドでの地震といい、今回の震災といい悪いニュースが立て続けに起こっている。日本はいくつものプレートが重なり合う地震大国であり、常に地震とそれに伴う津波や火災などに気をつける必要がある。日本の民主党は事業仕分けで政府支出を削っているようだがこれは大きな間違いである。政府が公共事業で防波堤やダムを造らなければ、今回のような震災で住民や建造物が津波に流されてしまったり、大雨で町の水没や土砂崩れなどで多大な被害を受けてしまうからである。少なくとも安全という観点から言えば「公共事業がムダ」という説には根拠が無いのだ。メトロポリスである東京では近いうちに計画停電が実施される。今回の地震に伴う福島原発の原子炉機能消失によって電力供給に多大な支障が生じ、近隣の大都市(すなわち東京)への安定した送電が不可能になったためだ。この事実からも日本がいかに原子力発電に依存しているかがわかる。2008年度の日本の総発電量は、OECDの統計によれば1082014(GWh)でありそのうち原子力発電が258128(GWh)と実に25%を占めているのだ。原子力依存度はイギリスが11~13%、アメリカが約20%、ドイツが23%であることをみればこの値がいかに大きいかわかる。また日本の水力発電も全体の8~9%と決して無視できない割合だ。「公共事業はムダだから」などと唱えつつダム建設や原発建設に反対する人たちは電力供給の如何なる代替案を出すのだろう?彼らは都心機能がストップし不便になることをいとわないのだろうか?

ノーベル経済学賞を1999年に受賞したロバート・マンデルはユーロの父と呼ばれるが、そのマンデルが関わっているマンデル・フレミングモデルでは財政政策が自国通貨高による輸出減という形で無効になるとしているが、通貨高は金融政策によって調節できるのであり日銀が本腰を挙げて金融緩和をすれば通貨高を回避できるのは当然といえる。(もしそうでなければ、量的緩和はインフレと無関係ということになってしまう。そのため、政府紙幣発行で日本の財政状況は一気に解決できることになりますね)財政支出を拡大させればその分だけ名目GDPが伸び、政府の負債対GDP比率が減少するのだ。景気が回復すれば自然と税収も回復することが期待される。

個人的にはマンデルの理論よりもクルーグマンやスティグリッツの経済理論のほうに説得力を感じる。 財政支出は増やしていくべきなのだ。特にデフレや不況の際には。

2011年3月6日日曜日

エジプト動乱(4)&リビア内戦(1)

ムバラク大統領退任ののち軍部が権力を得たエジプトに対し、そのお隣のリビアでは市民のデモと政府側による反乱デモ武力鎮圧のせめぎあいが続いているようだ。リビアの最高指導者はムアンマル・カダフィ大佐である。ムバラク氏が30年エジプトを治めていたしていたのに対し、ガダフィ氏は40年以上も同国を統治している。反乱は先月15日にこのガダフィ政権への抵抗運動として始まり、先月末までにはカダフィ政権はリビアの多くの都市で統治能力を失うまでになっていが、首都であるトリポリでは情勢は異なるようだ。ガダフィ政権は武力でこれを鎮圧しようとしている。一方、反ガダフィ勢力はNational Transitional Council を形成し抗戦にでている。カダフィ大佐は、 彼自身は名誉職についていて、権力行使できる立場ではないしリビア国民は彼を敬愛していると述べている。またガダフィ大佐は「オバマは良い人間だが、彼にはリビアの状況について謝った情報が伝えられている。またアメリカ自体が世界の警察ではない」とし、全体として米国には裏切られたと感じているようだ。

反ガダフィ勢力は英国に助言を求めていて、英国もこの反乱軍に梃入れをするためにエキスパートをリビアに派遣してる。これは内政干渉に見えるが、英国政府筋の情報では関連する国際法があるため反乱軍に武器を供給するようなことはしないのだという。リビア外務副大臣であるKhaled Kaim 氏によれば同国はベネズエラのチャべス大統領が提案した和平交渉にのるようだ。そのことは米国を怒らせているらしい。英国外務大臣であるWilliam Hague 氏はリビア前内務大臣であるアブデュル・ファッタ・ヨウニス・オバイディ氏との接触を続けている。このオバイディ氏は反乱軍の指揮を執っていてガダフィ大佐の後継者とみなされている。

・国連やNATOの対応
国連安保理は先月26日に、ガダフィ大佐とその家族の渡航禁止や資産凍結を科すリビア制裁決議案を全会一致で採択した。またこの決議には、市民デモ鎮圧が非人道的である可能性についても指摘しつつ、リビアへの武器輸入禁止や国際刑事裁判所(ICC)に捜索を付託することなども盛り込まれている。NATOはそれに加盟する国の集団的自衛権の行使のための条約機構のはずだが、飛行禁止区域を含めたリビアへの軍事アクションプランを練っている。それは米国からも批判されている(もちろん米国にはこれを批判する資格は無いが)。アフガン抗争にて無慈悲な大量空爆をやっているような機構がリビア飛行禁止区域まで侵入するということに恐ろしさを覚えるのだ。(そのようなお金があるにもかかわらずEUはPIIGSに緊縮財政を要求している。)

・LSEへの寄付金問題
London School of Economics (LSE) ではカダフィ大佐の次男であるセイフイスラム氏から多額の寄付金を受け取っていたとして非難されており、その責任をとる形で同大学ハワード・デービス学長が辞任した。セイフイスラム氏はLSEにて博士号を取得している。2009年の6月に150万ポンド(約2億円)の寄付金が同大学に納入される話がでたらしく、LSEのカウンシルがその寄付金を得ることは脅威だと感じつつも全てを考慮するとセイフイスラム氏の誠実な寄付だという結論を出した。同年10月にデービス氏がそれを後押ししたようだ。このセイフイスラム氏はこの寄付金でPhDを得たとの疑惑がある。デービス元学長はセイフイスラム氏の経済顧問としてトニー・ブレア政権の2007年時にリビアを訪れたことがあり、金融システムに関するアドバイスを送っている。デービス氏が彼の友人に、「私はただトリポリでコーヒーを飲んだだけで、単なる脇役だ」と語っている。またデービス氏は、セイフイスラム氏の卒業式の際に彼と会い握手をしたことがあるだけで夕食を共にしたことはないとも話している。

このデービス氏自身は国際人でありまた数々の政治家達と仕事をしてきたテクノクラートでもある。学生やスタッフの間で大変人気がある。学長の職に留まることも可能であったが、「大学の評判を傷つけたことに責任がある」、「判断を誤った」と述べつつ、責任を取るほうを選んだようだ。

2011年3月4日金曜日

英国再度の景気後退、アイルランド政権交代

景気が悪いときには政府が支出を大きくして有効需要をつくってやり不況からの脱却をはかるのが基本だ。これはGDPにおける個人消費の落ち込みをカバーして政府負債が対名目GDP比で見て悪くならないようにする効果もある。アダム・スミスのいうような神の見えざる手は実際には機能しないのだ。日本では経済政策の失敗のために15年以上もデフレが続いているが、イギリスや欧州も下手をすれば同じような長期デフレになる可能性がある。欧州はPIIGS問題のために緊縮財政がはやってしまっているし、英国では保守党・LibDem連立政権のもとでおそろしい緊縮財政を始めている。英国では昨年10月から12月にかけてのGDPが前期比で0.5%減であった(英政府統計局(ONS)による)。これは寒波のせいだという人もいるが実質は緊縮財政政策の結果だろう。イングランド銀行総裁であるマーヴィン・キングは金融緩和を継続する意向のようだ。一方の米国は大胆にも大規模な金融緩和を継続させ、QE2にいたってはおよそ60兆円もの紙幣を同国経済に投入し、ゆっくりとではあるが経済を回復させてきている。(これが現在の中東地域での市民デモ・反乱の引き金になったことは否定できない。だが内政不干渉の原則によって米国の大規模な金融緩和は国際的には正当化されるはずだ。問題は2点あって、米国内での投資先が少なく金融緩和で市場に与えられたお金が外国へ流れてしまうことと、国際金融システムに規制があまりかかっていないことだ。前者に関してはTea Partyのような無慈悲な団体がオバマ大統領の政策を拒絶しているため大統領が積極財政政策をとれないことに起因する。後者に関しては、やはり国際的な話し合いが必要だろう。)依然として米国の失業率は高い。だが米国や中国が現在やっているように、紙幣を大量に発行するという政策は経済を後押しするということが明らかになったわけだ。日本も日銀がもっと大胆に金融緩和をすべきなのだ。米中がGDPを着実に伸ばしている一方で欧州には経済学に理解のない人たちが権力の座についていて緊縮財政を強行しているようだ。

その欧州の西の島国アイルランドでは最大野党である統一アイルランド党が勝利し、労働党と連立を組む情勢になってきた。統一アイルランド党の代表であるエンダ・ケニー氏が同国の新しい首相になる公算が大である。与党の共和党は理不尽な緊縮財政を行ったため国民の反発を招いた。アイルランドはユーロを導入する以前は経常収支が黒字であり経済もしっかり伸びていたのだが、ユーロ導入後にはドイツと同じ為替水準で勝負しなくてはならないために経常収支が赤字に転落してしまい、いまもそうだ。ケニー氏はIMFに対し金融支援の条件改善(具体的には金利の抑制)を求めている。アイルランドがやるべきことはユーロを離脱し独自通貨を再導入することだ。そうすれば自らの力でお金を発行でき、MBを調節しながら通貨下落による輸出改善が期待できる。けれどもドイツのメルケル首相は金利引下げに否定的である。メルケル氏やドイツにとっては金融支援をした方がドイツのためになる。というのもECBがユーロを大量発行し、結果としてユーロが下落するとそれにより今以上にドイツは輸出に好条件となり経常収支が伸びるからだ。しかしドイツ国民とその代表は、なぜかそれを許さないようだ。メルケル首相の経済アドバイザーはどのような提言を彼女にしているのだろうか。

2011年2月24日木曜日

エジプト動乱(3)

ホスニ・ムバラク大統領が今月11日に退任し軍部が政権を得たエジプトであるが、今月22日に(新政権である)シャティク暫定内閣のもとで新閣僚が就任した。数十年ぶりに野党からの入閣が実現したようで、新ワフド党のムニ-ル・アブデルヌール氏が観光大臣になりまたタガンマア党からも一人入閣した。けれども依然としてムバラク氏の影響は残っているらしく、外務相や国防相にはムバラク政権の閣僚を留任させたようだ。同国の司法当局は今月21日にムバラク氏とその家族(スザンヌ夫人、長男アラー氏夫妻、次男ガマル氏夫妻)の資産凍結を要請した。スイス政府はムバラク氏の退任後に時間をおかずにムバラクファミリーがスイス内に保有する資産の凍結を決めている。英国は今月21日に首相であるキャメロンがエジプトを訪問しタンタウィ軍部代表やシャフィク首相と会談した。キャメロンはエジプト現政府に完全な民主化(自由で公正な選挙の実施など)をする約束をさせたいらしい。彼はこの後リビアなど反乱がおきている中東・アフリカの国々を歴訪するようだ。既に内政では恐ろしい緊縮財政で、英国市民の怒りを買っているだけに外交で存在感をアピールしたい思惑がみてとれる。またイギリスが商業的にこれら中東・北アフリカに関心を示しているという宣伝効果もあるようだ。彼は現在のリビアとエジプトを対比させつつ、「リビアで今起きていることは完全にひどいことであり容認できない。リビア当局はリビアを見たがっている人々への抑圧をもっとも悪意のある形で行っていて、これらの行動が閉鎖的かつ専制的である」と述べた。キャメロンの考えでは、政治・経済的改革には進化するための機会があり、それら改革のプロセスはこれらの改革という目標と逆の方向には動かないのだという。そのヨーロッパの島国の首相は「改革は目標に向かって進んでいる。大きな(政治的)開放と改革は安定性と強い連携をもたらす」と述べているが、これは彼と保守党・LibDemの連立政権が今やっているような恐ろしい緊縮財政を正当化したいがためにこのような(経済改革賛美文句)発言をしているのだろう。

・ロシア副首相グーグルを非難
ロシアのセチン副首相はエジプト政治の混乱を助長させたとして米国グーグルを遠まわしに非難した。セチン副首相はプーチン首相の側近といわれプーチンの個人秘書を務めたりしている。オルガリヒ抑圧にはこのセチン氏が中心となっていたともいわれる。レニングラード大学の外国語課で働いていたこともあり、フランス語とポルトガル語に堪能らしい。(指導的立場にある人間が外国語に堪能であるというのは珍しいことではない。オーストラリアのラッド前首相は北京語を話すし、ドイツのメルケル首相はロシア語と英語に堪能だと聞く。)セチン副首相は「エジプトでなにが起こっているのかを我々はもっと調べる必要がある。グーグルの管理者たちがエジプトでなにをやっているのか、また民衆のエネルギーを操作する類のことが起こっているのかについても調べる必要がある。」とWall Street Journalの取材にて述べた。この言動の背景にはインターネットという現代のニューメディアが市民の団結に果たす役割が極めて大きくなってきていて、ロシアや中国などの言論統制の活発な政府もこれを無視できないという事情があるのだろう。事実、(目下のところロシアではネット規制は小さいようだが)中国では今月19日にネットの規制を強化する指示が中国政府によって出されている。

2011年2月17日木曜日

エジプト動乱(2)

米国の量的緩和第2弾(QE2)は世界的に穀物や原油などの価格に影響を与えているようだ。いくら金融緩和しても米国内に投資先がないとなると、海外に目が向かう。貨幣市場というのは主に短期の金融資産の取引のための市場であり、コマーシャルペーパーや銀行引受手形などが取引され満期も1年未満であることが多い。今回のQE2がこの貨幣市場を通して世界的に流動性をもたらしたと考えられる。特にエジプトはキャリートレード(通貨の金利差を利用して利益を狙う取引、すなわち金利の低い通貨を調達して金利の高い通貨に両替し運用すること)にとっては格好の場所らしく、かなりの低金利でドルを調達し高金利の債券などを買っていたといわれる。同国の中央銀行の金利は最低でも9.75%をキープしていたようだ。

一見してエジプトというとナイルの賜物として食料供給は高いと思われるが、実際はかなりの輸入依存国であり2009年の食料輸入額はその国のGDPの4.8%を占めている。したがってエジプトポンド(EGP)の下落は同国における食料品の価格高騰の大きな要素になったはずだ。

これによってエジプトでは高いインフレ率とそれへの対処の遅さのために国民が政府に不満を抱くようになったと考えられる。そしてチュニジアでの革命を契機としてエジプトでも反政府運動が活発になったようだ。個人的には、この米国FRBのQE2は「米国の国益」という観点からは当然であると考える。というのも政治家は自国民の生活や安全を保証する義務があるからであり、自国が不景気に陥っていて失業率も改善しないというときに政治家が金融緩和などの景気対策をしないというのは職務怠慢に等しいからである。その行為を非難するのはやはり内政不干渉の原則に反するといえるだろう。ただ一つ問題なのは米国が財政政策を過小評価していて、積極財政をためらっているということである。金融政策と財政政策は平行させるべきなのだ。そうすれば市場にお金を供給してもそれを国内の投資にまわすことができる。(ちなみにQE1では米国は顕著なインフレを経験しなかった。新規発行ドルが貨幣市場や債券市場に流れてしまったからである。)

ホスニ・ムバラク大統領は任期途中での退任を決めている。英国に対し、彼とその同僚のロンドンにある銀行口座(にある資産)を凍結するようにエジプトから公式に要請があったらしいが、英国外務大臣ウイリアム・ヘイグは英国国内法の観点から何かしらの不法行為もしくは資産乱用がない限りは 凍結はできないと述べている。口座の捜査の時期と程度はEUの金融大臣が決め、実際の捜査はSerious Organised Crime Agencyが行うようだ。野党である労働党は、速やかに口座の調査をすべきとしてキャメロン政権を批判している。

ムバラクの後には軍が権力を得たようだがそのリーダーであるMohamad Tantawiは政治経済改革には消極的であるようだ。経済改革は政治を不安定にするということと彼が高齢であることがその理由のようだ。確かに急速な改革は国民生活を不安定にするだろうし、中央政府が力を失えば供給力や有効需要の創出など政府が本来やるべきことができなくなってしまう恐れもある。エジプトが依然として治安が良くない国であることも否定できないために、警察など公的な治安維持部門がしっかりしないことには更なるカオスを呼び込んでしまう恐れもある。その一方で軍部と密接な関係を持つ企業が市場を寡占状態にもっていってしまう危険性もある。水やインフラ、ガソリンなど生活に必要なものであり本来は民主的政府によって公的に運用されるべきものが、一部の軍部御用達企業に売り渡され高値で市民に販売されるなどのことがあればエジプト国民の生活はさらに厳しくなる。民主主義の歴史が浅いだけに治安回復と民主化には時間がかかりそうだ。

エジプト動乱(3)へ続く

2011年2月9日水曜日

エジプト動乱(1)

今年(2011年)に入ってからの大きな事件の一つになるであろう。エジプトは2006年にアフリカネーションズカップを開催しそこで優勝までしている。ネーションズカップの優勝回数は同国が最多だ。ホスニー・ムバラク大統領は1981年から現在まで約30年にもわたってエジプトを統治していたとは驚きだ。何かしらの政治力学が働いていたこと(米国のバックアップなど)は間違いないだろうし、軍部への影響力もあったのだろう。エジプトでは60年にもわたって軍部(とビジネスや政治の寡占団体)が同国の支配体制の中核を担っていたといわれる。 

チュニジアでの反政府運動の影響を受け、今年1月25日よりエジプトにて反政府運動が顕著になりFacebookやその他のネットでの呼びかけによって約6~7万もの人々が反政府デモに参加したという。当然そのデモを軍隊が鎮圧しようとゴム弾や高圧放水銃、催涙ガスをデモ隊にあびせる。しかし、デモ参加者たちはそれに屈せず抵抗を続けた。軍部も一枚岩ではないようで、デモ隊には発砲しないことを明言した部隊もいれば、カオス的状況をもたらすような行為におよぶ部隊もあったようだ。前者に対しては、デモ隊が戦車を取り囲み兵士達に花をプレゼントするなどの和平的デモがなされたようだ。一方後者では、軍隊がデモ隊に反撃をすることもあったようである。

エジプト政府側はネットや電話など通信手段を遮断して対抗した(と思われる)が、グーグルやTwitterなどが協力して新たな通信サービスを始めたため情報へのアクセスはそこまで制限されなかったようだ。今年2月2日にはネット機能が回復したことが英国Vodafoneエジプト事業Vodafone Egyptや米国インターネット監視企業Renesysによって発表された。

エジプトの副大統領であるOmar Suleimanは、法改正がなされるためには確固たる治安が維持されるべきであり、今年秋の大統領選挙前にムバラク大統領が辞任することはないと述べている。欧米諸国はムバラク大統領に対して近いうちに辞職することを促しているようだが、これに対しムバラク大統領側は幾つかの友好国が彼に辞任を迫るのは不当であり、長年エジプトのために忠実に働いてきた自分は任期満了するべきであると主張している。エジプト憲法の76条や77条では大統領の任期や大統領への立候補条件などが示されているが、これらを200日以内に修正する用意は政府側にあるようだ。

Suleiman副大統領はタリル広場で抗議活動を行っている人々へデモ中止を求めている。ムバラク大統領は既に次期大統領選挙への不出馬の意思を示しているが、カイロ中心のタハリール広場では今月6日も大統領退陣を要求するデモが続いているようだ。少し前にSuleiman副大統領は、エジプト人は民主主義の文化を理解していないという心得違いかつ侮辱的な発言をし、さらには今回の反乱は外国人によって支援されているとまで述べている。これからしても現在のエジプト政府が現状を正確に把握していないことがわかる。

GuardianのAmira Nowairaは、彼らの政治意識は教育の質からくるものではなく束縛・圧迫に対抗するための人間のスピリットの体現であると述べている。エジプト市民の団結は長年の独裁政権がやってきた政治的蛮行をとめることが目的であるはずだ。人間にとって最も大事なものは(身体や思想の)自由であるからだ。長年米国の傀儡だと考えられていたムバラク政権への大きな反乱とともにエジプトは変わり始めている。
 
エジプト動乱(2) へ続く

2011年1月1日土曜日

2011年初頭

新年あけましておめでとうございます。昨年度はギリシャ危機をはじめユーロの信用性に疑問符がついた一年でした。ユーロ導入以前は経常収支黒字だったアイルランドがIMFやEUから緊縮財政をしいられる理不尽さや、英国での(不況下における)歳出カット(さらにはLibDemの明らかな公約違反)などEUのエリート達の意思決定に不合理さが目立ちました。アフガン情勢も、戦争が始まって9年が経ちましたが一向に改善する見込みがありません。アフガン問題をめぐって政権が倒れた欧州の国もありました。

本年度、世界がより平和になり、世界各地でおこっている紛争や戦争がより少なくなることを願います。また、経済においても貧困の撲滅や失業率の改善、各国の景気回復を目指し微力ながら頑張っていきたいと思います。

石油などエネルギー資源の枯渇も人類にとっては大きな課題です。 代替燃料の開発は十分とはいえません。科学者は新しいエネルギー産出法の提案に努力しなくてはならないと思います。