2011年5月26日木曜日

リビア内戦(4)

今年5月11日にカダフィ大佐が国営テレビ(Libyan state television)に出演し、共演者である部族指導者らによってカダフィ軍の勝利を祈願されたようだ。カダフィ大佐が公の場に姿を現すのは4月30日以来である。

NATOがカダフィ軍の補給路をたたいたとしてもそれらは勝敗の決定要因にはなっていない模様だ。けれども今年5月14日に、カダフィ大佐の妻であるサフィア氏と娘のアイシャ氏がリビアの代表者と共にチュニジアに入り、同国南部のジェルバ島(Djerba)に滞在しているという情報が入ってきている。一方アルジャジーラは、「チュニジア内務省がカダフィ大佐の妻と娘のチュニジア滞在を否定した」と報じている。このことからもカダフィ側も決して万全というわけではないことがわかる。

足並みが乱れているとはいえNATOは空爆を継続するようだ。今年4月30日にトリポリなどを爆撃したが、この空爆でカダフィ大佐の息子(Saif al-Arab セイフアラブ氏)や孫が死亡したと言われているが定かではない。カダフィ大佐は息子の葬儀には出席しなかったが、これは同氏がセキュリティに細心の注意を払っているためだという。それでも自分の息子の葬式に出席しないのはいかがなものかとトリポリにいるカダフィ体制の支持者も疑問を抱いている。LSEがカダフィ大佐の次男であるセイフイスラム氏から多額の寄付金(約2億円)を受け取っていたことは過去に述べたが、セイフイスラム氏は健在のようだ。

国際刑事裁判所(The International Criminal Court; ICC)がカダフィ大佐やその息子、その国の諜報機関などに逮捕状を出すことを検討しているようだ。これにより国連加盟国はもし彼らがその加盟国の領域に入れば彼らを逮捕することが要求されるようになるだろう。カダフィ大佐の妻と娘がチュニジア入りしたのはチュニジアがICC締約国ではないことと関係があるのだろうか。

その数時間後にトリポリとその周辺への空爆を行ったようだ。だがNATOによる空爆は精度が低く、この空爆自体にリビア国民を守るだけの効果があるのか疑問である。むしろこの空爆が罪無きリビア市民の生命を脅かしているという事実も否定できない。NATOの元少将であるChris Parry氏は、NATOによるリビアにおけるミッションは、はやくもイラクやアフガニスタンの二の舞になりつつあると述べている。また、リビアが無政府状態になる前に今回の軍事作戦を根本から見直す必要性を唱えている。実際にリビア内戦は膠着状態に入りつつある。労働党のShadow cabinet secretary of defenceであるジム・マーフィーは「NATOは事態を打開できておらず、もし英国が新たな軍事兵器・部隊を投入する計画ならば議会にそれをしっかり情報開示するべきである」と述べている。基本的には民主主義国家であっても軍事機密は一部の上層部が握っているわけだが、どれだけ情報をオープンにするかは国によって(国の成熟度によって?)異なるだろう。政権与党には政府を通じてそれなりの情報が入ってくるだろうが、野党だと防衛省の官僚とのコミュニケーションが与党に比べて少なくなる。少ない情報の中で新たな立法措置のための議論がまともになされる保証はない。

アパッチは攻撃用ヘリコプターとして1991年の湾岸戦争に投入され、米軍の戦力となった。アパッチを作戦に投入すれば標的への命中精度がより高まり誤爆を減らせるらしいが、マーフィーによればこのアパッチの投入によってリビア内戦が激化する恐れがあるという。また国連安保理決議1973では、飛行禁止区域設定、リビア市民の安全確保や即時停戦などを目的とした軍事介入が了承されたに過ぎず、アパッチ部隊展開によってカダフィ大佐を頂点とするレジーム(支配体制)を打ち倒す類の軍事行動が国際法上許されるかどうか議論が分かれる。そんな中フランスは既にヘリコプター部隊をリビア内戦に投入する決断を下していて、 この決定が英国議会にも影響を及ぼしている。労働党は、リビア内戦への同国の軍事介入をサポートしつつも野党としての監視により重点を置くとしている。与党である保守党の議員であるジョン・バロンは「アパッチが配属されるされないに関係なく、リビア内戦の激化は想定の範囲内であり、リビアのレジーム打倒が我々の軍事介入の目的だ」とまで述べている。保守党は国内向けには財政危機を煽り緊縮財政を強行しながら、対外的、とりわけコストを要する軍事行動には積極的のようだ。

現状の国連安保理決議ではNATOができることにかなりの制約があり、リビア市民を守ることはできるが積極的な戦闘行動をとれるわけではない。ドイツやロシアが棄権したほど安保理内で議論が分かれるような前回の国連安保理決議1973を上回る裁量権をNATOに与えるような新たな決議を得ることは相当難しいだろうし、実際可決したとしても誰が(どの国が)率先して地上部隊を派遣するのか見通しが立っていない。キプロスの沿岸に、万一に備え停泊している、駆逐艦や中型戦艦、さらには分遣隊からなるRoyal Navyを動かすことも視野に入れるべきとの見解もある。これらが動けばカダフィ軍への大きな圧力になるほか、NATOが少数の地上部隊の派遣という選択肢を得ることになる。

アフガニスタン抗争においても同様にNATOは地上部隊の派遣には極めて消極的である。理由は簡単で、犠牲者が増えるからである。コストについても同様で、Parry氏はリビアでの今回の作戦自体が安上がりになっているために十分な軍事行動をとれないことを危惧しているようだ。

リビアのスポークスマンであるMoussa Ibrahim氏は内務省ビルへの空爆は、ベンガジにいる反乱軍のリーダーに関する書類やカダフィ軍の資本がそのビルにあったためとしている。Ibrahim氏は、「もし本当にNATOがリビアでの停戦を望んでいるのなら、彼らはカダフィ側と何かしらの会談や和平交渉を行うはずだが、実際にはリビア市民を守るという大儀の下でリビアのレジーム打倒を行っている(目指している)」と付け加えている。このような連合軍によるリビアへの軍事ミッションは2003年のイラク戦争時に米国によるイラク侵攻が行われた際の手法とさして差がない。