2010年12月30日木曜日

2010年の総括

今年あったニュースで印象的なものといえば、1月末のIPCCのスキャンダルだろうか。同機関の気候変動に関する第4次報告書のなかで、2035年までにヒマラヤの氷河が全て融けるという記載があったのだがこれが根拠薄弱であり記載自体誤りであったことが判明した。昨年度にはクライメートスキャンダルもあって同機関の信用性が著しく低下したのである。今回のヒマラヤ氷河でっちあげ騒動で信用低下に拍車がかかったためにIPCC議長を務めるラジェンドラ・パチャウリ氏は本来辞職すべきなのだが依然としてその地位にしがみついている。

3月にはアイスランドでのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火が顕著になった。同国は2008年に金融機関が破綻しているが、その後のデフォールトやインフレ・クローナの通貨暴落によって輸出が改善し、経常収支を黒字化させることに成功している。今年度の失業率は8%と悪いのだが、米国の10%やPIIGS諸国の失業率と比較すればまだましだといえる。この噴火で欧州への空の便が相次いで欠航となり航空産業に多大な損失を与えたようだ。(バルセロナがCL決勝トーナメントでインテルへ行く際に飛行機が使えず、結果としてインテルに敗れるという波乱があった。インテルは今年のCLを制している。モウリーニョはその後レアルの監督に就任した。一方、バルサはCLで敗れたがスペイン代表が今年のWCで優勝した。名実ともに無敵艦隊となった。)

6月には宇宙探査機「はやぶさ」が長いたびを経て小惑星イトカワへ着陸、その後その小惑星の岩石(Fragments of Itokawa)を採取して地球に帰還するという世界初のプロジェクトが完結した。費やされた時間は2003年から2010年までのおよそ7年であるが、予定では2007年に地球に帰還することになっていたが様々なアクシデントがそれを阻んだ。それは通信の途絶えであったり、推進技術の異常だった。しかし其のたびに科学者や技術者が適切な解決法をだしてどうにかミッションを継続させたのだ。けれどもカプセルがイトカワの砂をしっかり含んでいるかは不確かだ。それができなければミッションは達成されなかったことになる。採取メカニズムはうまく作動しなかったようだが、はやぶさのその小惑星への着陸時に埃が舞い上がってそのなかのいくらかが機内へ入っていると考えられる。いずれにせよ日本の科学技術水準の高さを世界に知らしめたニュースだった。

10月には今年のノーベル賞受賞者が発表になり日本人2名が化学賞を受賞した。物理学賞を受賞したアンドレ・ガイム氏の功績であるグラフェンの生成法はシンプルだが根気を必要とするだろう。学問に王道なしというがまさにそうである。

今年は米国の中間選挙の年だった。11月にオバマは敗れたが彼の政策は決して間違ってはいない。問題なのは、クルーグマンも指摘しているように、景気対策の額がリーマンショックとその後の金融危機の被害額に比して小さかったことだ。そのため失業率も改善しなかった。もしオバマが景気対策をうたなかったらもっと失業率は悪くなっていたはずである。市場原理主義をとなえる共和党の勝利により今後民主党は積極財政を採りにくくなる。(それでもイギリス保守党のように、不況下で緊縮財政をとる政権よりはまだましだ。これにより同国は公務員の数を大幅にカットし、来年1月からはVATを20%にまで引き上げるのだ。これで間違いなく同国の景気は2番底におちるだろう。)

今年最大の関心事はユーロという統一通貨の今後であろう。ギリシャとアイルランドの債務問題はユーロ圏を揺るがす大問題に発展している。たとえこれらを救済しても根本的な解決にはならないし、スペインやポルトガルといった予備軍も控えている。IMFやドイツから要求される緊縮財政はアイルランド経済を崩壊させるほどに厳しいものだ。最善の解決策はユーロから脱退し、自国の通貨を再導入することである。(90年代アイルランドはユーロを採用するまでは経常収支黒字国だったのである。)再導入した通貨は暴落するがそのメリットは輸出の回復であり、景気回復に貢献するはずだ。その後他の国もギリシャやアイルランドのユーロ放棄に追随し、ユーロは消滅するかもしれない。

2010年12月26日日曜日

市場原理主義勢力の巻き返し

2008年に米国で金融危機が発生し、世界経済に大きなダメージを与えたことは万人周知の事実だ。米国ではいまだに失業率が10%のままで、下がる兆候もない。欧州はというとギリシャやアイルランドの債務問題が深刻化し、ユーロの存続を脅かすまでの事態となっている。その金融危機・リーマンショックの原因となったのは紛れもなく市場原理主義の徹底だ。市場原理主義に基づく経済政策下では、規制緩和や民営化などが次々となされていく。民営化とは供給力を高めるための一つの手段であり一見するとよさそうだが、市場原理主義では本来政府や地方自治体がやるべき基本的な公共サービス(たとえば教育、郵政、インフラなど)までもが民営化されてしまうのだ。民間企業は基本的に営利を第一に考えるため、利益にならないプロジェクトには消極的だ。郵便事業を民営化したことでサービスが著しく低下したし(たとえば配達記録は『効率重視のために』廃止になったし、定額小為替も10倍の値段になった。過疎地域の簡易局も効率を重視するという名目のため次々に閉鎖に追い込まれている。)、売りたい商品の安全性よりもビジネスを優先させるかもしれない。それに大規模な国営会社が民営化された場合の市場の寡占も懸念材料だ。財政支出や公共投資が否定されることも忘れてはならない。その結果、道路や橋といった公共物の老朽化・荒廃やそれによる安全性の低下などが顕著になっていく。再分配機能がほとんどなされないため一部の超裕福層のために多くの人々が貧しい生活を送ることになる。

リーマンショックは市民に市場原理主義の末路が如何なるものかを教えたはずだ。日本でも当時の麻生総理がケインズ主義を打ち出し、大規模な財政支出を行った。米国でも、リーマンショック前はマケイン率いる共和党が有利だったが、金融危機でオバマが逆転し政権交代が起こり、財政支出・公共投資を行った。さらにAIGに多額の公的資金を投入し事実上国有会社にした。これは明らかに民営化・新自由主義とは逆の方向を行く路線だ。

人々は教訓から学んでいないようだ。今年11月の中間選挙では共和党やTea Partyが勝利し、大きな政府志向のオバマ政権にとって今後の政権運営に大きな障害になっている。イギリスでも小さな政府を志向するキャメロン率いる保守党の大躍進により、公務員削減・消費税増税・財政支出カットなどのおそろしい緊縮財政に突き進んでいる。なぜ人々は市場原理主義を再び信奉し始めているのか?ノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマンは、
When historians look back at 2008-10, what will puzzle them most, I believe, is the strange triumph of failed ideas. Free-market fundamentalists have been wrong about everything — yet they now dominate the political scene more thoroughly than ever.

経済右派は「オバマが行ってきたような大きな政府は機能しない」と主張するが、それは間違いである。オバマが初期にやった財政支出の規模が小さかったために、ケインズ的な政策と呼ぶに値するにいたらなかったのだということらしい。経済右派の主張には誇張が多い。
It’s also worth pointing out that everything the right said about why Obamanomics would fail was wrong. For two years we’ve been warned that government borrowing would send interest rates sky-high; in fact, rates have fluctuated with optimism or pessimism about recovery, but stayed consistently low by historical standards. For two years we’ve been warned that inflation, even hyperinflation, was just around the corner; instead, disinflation has continued, with core inflation — which excludes volatile food and energy prices — now at a half-century low.
経済右派は、国債発行での金利上昇や金融緩和でのインフレーションを必要以上に騒ぎ立て不安をあおるのだ。結果をみれば彼ら(右派)の主張が誤りであることは明らかだ。それでも彼らの主張は一般の人々を動揺させるには十分なほど説得力のあるものになるようだ。オバマが景気対策をうってもここ2年間失業率に改善が見られないことに不満をもち、右派がその原因がオバマの政策にあると主張しつづければ、庶民は右派の主張を是とするかもしれない。明らかにリーマンショックの打撃が大きすぎて失業率が改善しないのであり、オバマが景気対策をうたなかったらもっと多くの人々が失業で苦しんでいたはずだというのが理性的な結論であるのだろうに。日本でもいまだに民営化・市場原理主義を信奉する人がたくさんいる。消費税増税を政府が検討しているのもかかわらず、なぜ法人税を減税するのか人々はそこに疑問を感じないのだろうか?法人税を減税すれば景気が回復するとでも思っているのだろうか?郵政を民営化すれば何でもよくなると思っているのだろうか?公務員を削減すればその分GDPは減少するし、失業率も高まってしまうだろう。

2010年12月11日土曜日

ユーロに加わることのデメリット

ドイツのメルケル首相が10月28日にブリュッセルにて行われたEUサミットの夕食会にて、ドイツがユーロを放棄するということを示唆したという。ドイツは、経済支援をうけたユーロ加盟国からEU Councils での投票権を剥奪することを要求していたが、それは経済小国にとっては不公平で非民主的なシステムになってしまう。1999年にユーロが導入されて以来、同通貨システムの今後の不確定性は最大に近づきつつある。ギリシャやアイルランドを救済したところで、それらの国の経済が回復するわけではないし、スペインやポルトガルの債務危機が顕在化するのは遠い話ではない。救済する(救済できる)のは経常収支黒字のドイツくらいなものだが、そのドイツが今回「ユーロからの離脱も一つのオプションだ」と(夕食会にて)暗にそそのかしたことでその通貨の先行きは一層不透明になったと思われる。
リスボン条約は2007年12月にEU加盟国によって署名され昨年度12月に発行した。この条約はマーストリヒト条約とローマ条約の修正であり、 より中央集権的(ドイツなどの大国寄り)になっているとの批判もある。European Council はEUの公式な機関となり事実上EUの政策の決める。投票システムの改定やEU加盟停止に対しても影響力を持つようだ。ドイツやフランスなど人口の多い大国は多く票が割り当てられるために、大国主導の意思決定機関になってしまう可能性もある。今回のブリュッセルでの会議では経済危機に対応するための体系を2013年に施行するという案を了承した。
チェコ共和国の首相であるPetr Necas氏は、ユーロ導入を急ぐべきではないと述べている。同首相は、現在チェコの独自通貨をコントロールすることで同国が利益を得ていることを繰り返しながら、同国をユーロ圏へ入れるかどうかは同国が決めることとし、今ユーロを導入する(もしくは導入の予定を決める)のは政治的・経済的に愚かなことであると述べている。ネチャス首相の主張は正しい。ユーロ加盟は金融政策の放棄と同等である分、経済が大国に比して弱い同国が今現在ユーロゾーンに入ることが同国の経常収支に悪影響を与えることは十二分に予期できるからだ。

ユーロに加盟するデメリットは簡単に言えば「主権国家がお金を刷る能力を失ってしまうこと」である。ユーロ圏ではEuropean Central Bank(ECB)のみがユーロの紙幣を発行できる。言い換えればユーロの加盟国は独自に政策金利の上げ下げや、お金を刷ってインフレ率の調整ができないのである。ゆえにひとたび政府の負債が膨らめば現在のギリシャ、アイルランド、スペインさらにはポルトガルなどのように負債問題を自力で解決できず長期金利が高騰し、EUやIMFに救済を要請するシナリオになるのだ。

PS. 国家の3要素とは領土、国民、主権であるが、その領土や国民を他国から守るために各国はそれぞれの自衛力を有していて、個別的自衛権もある(国連憲章51条)。簡単に言えば軍事力をもっている。この軍事力を他国に移譲してしまったらどうなるだろう?自国を防衛するすべが無くなり、他国と対等に交渉ができなくなってしまう。さらには軍隊や警察は治安維持に必要だが、これだけでは国民は安心した生活をおくることはできない。お金が無ければ食料を買うことができず、困窮してしまう。お金を得るには所得が必要で、所得を得るには一般には雇用されて労働することが求められるが、世の中が不景気では失業率が高くなり職を失う人が増えてくる。また企業赤字が増えて倒産を余儀なくされる企業も出てくる。それら失業率や企業業績を改善させるためには政策金利を下げて企業が銀行からお金を借りやすくしたり、中央銀行がしっかりお金を刷ってインフレ率を上げて企業や家庭持ちサラリーマンの債務や住宅ローンの負担を軽くしたりする金融緩和が不可欠である。なので金融政策を他国に任せることは軍事力を他国に移譲するようなものである。
 

2010年11月28日日曜日

アイルランドへの財政援助

過去にも述べたかもしれないが、2010年に入ってギリシャをはじめとするPIGS諸国の債務問題が深刻化し経済が悪化しているのは、これらの国々がユーロに加盟していることがその原因の一つだ。財政危機のためIMFやEUに約850億ユーロもの支援を要請しているアイルランドだが、1999年にユーロを導入する前は経常収支が黒字だったのだ。輸出が好調な理由は為替の変動の恩恵を受けることができたからだと考えられる。ゆえにユーロ加盟後はドイツのような強い経済の国と同じ為替レートで貿易が行われるために競争力が低下し、現在に至るまで毎年経常収支赤字となっているのだ。特にサブプライムショックとそれに続く2008年の米国金融危機の年度にはGDPの約-6%にまで経常収支が悪化したのだ。
 景気がよいときは、アイルランドの銀行はユーロの為替を利用して他のEU諸国の銀行から多くの借り入れをし不動産などに投資ができる。しかし一旦バブルがはじけるとこれらの銀行は多大な損失を被る。同国政府はマーケットの信用を得るために政府支出を削るといっているが、投資家達はその政策がアイルランド経済をさらに悪くするとわかっている。実際、ブルームバーグによれば今月26日の時点でアイルランド国債の長期金利が9.19%まで上昇したのだ。たとえIMFやEUが財政支援を決めたとしても本質的な問題点が取り除かれたわけではないのである。不況下で歳出カットをすればその国は恐慌に陥ってしまう。失業率の上昇や賃金カット、さらには増税で国民は生活に苦しみできるだけ消費を抑えようとする、結果国のGDPは低下してしまうのだ。これにより政府負債の対GDP比は悪化するだろう。解決策としては、ユーロゾーン全体としての早急な金融政策の統合、もしくはアイルランドがユーロから離脱し独自通貨に戻すことであると考えられる。

2010年11月14日日曜日

保守党議員が持つ経済への謬見

現在のヨーロッパ諸国の政府は財政政策の効果を過小評価しているようである。かれらは歳出をカットし、増税をすれば収支が改善すると思い込んでいるようだ。そのような緊縮財政は不景気の際にはその国の景気を悪化させるだけで、GDPを低下させ、結果として政府の負債を増やしてしまうだけなのである。英国も現在のようなオズボーン路線をとれば間違いなく2011年のGDP成長は惨めなものになってしまうだろう。イギリス国民は保守党の経済政策が誤りであることを見抜き、政権をチェンジさせなければならない。そんな中でガーディアン紙でよい記事"The myths swallowed by George Osborne"をみつけた。この記事のライターであるGeorge Irvinさんによれば、オズボーンやキャメロンをはじめとする保守党と彼らのアドバイザーらが以下のような典型的な謬見:
  1. 借金返済は国のコスト
  2. 返済は現在そして未来の納税者によって行われる
  3. 英国が債務不履行になる
  4. 政府は常に収支の均衡をさせなければならない
  5. 資金調達のコスト(すなわち政府の負債)が経済成長を上回る
を持っているという。私はこのIrvinさんの意見を支持する。英国債の80%は国内のマーケットからの調達によって発行されており、国債保有者にとっては金融資産なのである。すなわち年間420億ポンドのペースでの政府の負債のうち340億ポンドは資産として台帳にのるのだ。作家の三橋貴明氏によれば19世紀のイギリスはナポレオン戦争に参加していたため政府負債をGNPの約2.5~3倍にまで増やしていたがべつに破綻はしなかったらしい。その理由は負債が全てポンド建てだったからである。国家には通貨発行権がある。
As long as Britain has its own currency, it has the power to print money. Anyone who doesn't believe this should read up on quantitative easing, the main form of printing money at present. Governments can only go broke if they have incurred debts in another currency; ie if they cannot finance their external current account deficit (which includes interest paid abroad).
外貨建ての負債の場合に限り政府がデフォールトになるのだ。政府の負債と、家計や企業の負債は全く違うものなのだ。

2010年11月9日火曜日

The discovery of a massive neutron star

最近のホットな宇宙物理学の話題というとホットジュピターの発見などが挙げられる。また、遠くない将来に重力波の検知もなされるかもしれない。今回Nature online (27/Oct/2010)に掲載された記事は太陽の2倍の質量を持つ中性子星の観測である。中性子星は、超新星が自身の重力にてつぶれた天体であり、主に中性子からなる。中性子はフェルミオンであるから、多くの中性子からなる系では中性子同士はパウリの排他原理によって異なるエネルギー状態をとらざるを得ない。この量子効果によって中性子星がさらにつぶれることがないわけである。極めて熱く、太陽の約1.6倍程度の質量をもち半径は約10kmである。太陽質量の2倍~3倍の天体は、中性子星ではなくクウォークスターと考えられている(太陽質量のおよそ1.4倍以下は白色矮星)。
中性子星は、超新星がつぶれるときの軌道角運動量保存則のために高速で回転している(周期おおよそ2 msec to 20 sec)のも一つの特徴だ。この回転によってパルス波や強烈な磁場(1 to 100 MTesla or 10 to 1000 Giga gauss)が生成されると考えられているが、詳細についてはさらなる研究が必要である。また、この中性子の系の状態方程式の決定は、一般相対論も絡んでくるので難しい。(Shapiro delay という効果が質量決定に使われるらしい。あとで時間があるときに調べるつもりである。)
中性子の内部構造の考察も難しい。上記のオンラインNatureにも出てくるPaul Demorest は「中性子星という名称ははmisnomer だ」とのべている。Rival modelによれば中性子内部は自由クウォークもしくはハイペロンであるらしいが今回の中性子星の発見でやや後者が不利になったようだ。

2010年11月7日日曜日

オバマ敗北と米国のその後

今月初旬の米国中間選挙における民主党敗北を受けて、オバマ大統領はその責任をとる声明を出している。米国大衆は一向に改善しない失業率の不満を今回の中間選挙であらわしたようだが、決してオバマの政策自体が悪かったわけではないのだ。約10%の失業率は2008年のリーマンショックのダメージが大きすぎたためであり、基本的には共和党ブッシュ政権の経済政策に誤りがあったからなのである。2008年の大統領選ののちオバマは大規模な景気刺激策をうった。もし、彼が政府支出をおこなわなかったなら今よりも失業者は増えていたはずだ。(クルーグマンは景気対策の規模は小さかった。もっと大規模な財政支出をすべきだったと述べている。)
オバマ政権でなされた国民皆保険制度やstudent loan programme(従来の私的貸し出し業者からの奨学金を廃止し、連邦政府が学生の学資を援助する仕組み)は極めて社会民主主義的な政策であり、国民の社会権を尊重するものだった。また、今月5月の金融改革法案はウォール街でマネーゲームをする連中へのけん制になり、金融資本主義からの脱却を図っていた。これは米国民にとっては歓迎すべきことであり、右から左へお金を回すだけで金儲けをしているような業種に規制をかけて、本当にまじめに働いている人たちへお金をまわせるようにし、結果として米国のものづくり産業を再興するためには大事なことだった。
けれども米国民は共和党を選んでしまった。共和党勝利を受けてオバマはその党との協議を余儀なくされるだろう。緊縮財政を唱えていた共和党はオバマ大統領に政府支出の削減を求めるはずだ。となれば米国が2番底の不況を迎えるのは必死だ。米国民は自らの手で自国を衰退させることになりそうだ。
これが現代における大衆民主主義である。物事の価値・正誤判断は大衆には本来難しいのだ。しかも現代においては社会が複雑になり、その傾向は益々高まっているといえる。にもかかわらず国家の大事な意思決定を彼らにゆだねるというのは現代民主主義が抱える一つの問題だ。

2010年10月29日金曜日

そんな簡単な世の中ではないはず

線形代数は物理において広く応用されている学問領域であり、これを使うことで世界の動きをかなり精度よく描写することが可能と考えられている。実際、量子力学は線形な方程式と関数空間をもとにして成り立っているし、Einstein の特殊相対論はSO(3,1)というLorentz 群による変換に対して場や座標などがコバリアントになることを要求している。
だが世の中全てが線形な形で表されるわけではないと思われる。そこまで世界は単純ではないはずだ。Einstein による重力理論すなわち一般相対論はその典型である。それ以外にも単に線形代数を利用するだけでは表現できないような現象はあるはずだ。人類が宇宙へ進出し、未知の物体や現象と遭遇すればさらにその非線形な理論の必要性は高まるはずだ。

2010年10月10日日曜日

買取オプション

戦後最大の歳出カットを目論んでいたジョージ・オズボーン財務相だったが、英国の景気後退予測を受けて、Bank of England (以下BOE)の金融緩和に対して肯定的になったようだ。オズボーンは2000億ポンドの債券買取プログラムを容認するだろう。これは世界的な金融緩和の傾向と競合しそうだ。例えば日本では日銀が5兆円規模の買取オプションを決めているし、米国でもFed がさらなる資産買取を宣言している。この結果輸出関連による外需増加を期待できない。

この需要が不足している状況での金融政策の景気浮揚効果に対しては疑問符がつく。米国でも、ジョセフ・スティグリッツが述べているようにFedでプリントされたお金が投資に回らないのだ。金融政策による雇用改善は期待薄であり、スティグリッツは需要喚起のための大規模な財政支出が不可欠と考えている。(もちろん量的緩和の効果は0ではないが。)一方英国では、債券市場を見る限りでは長期金利の上昇は低いとみる。民間の貯蓄が大きく、英国国債の多くは国内で消化されている(国債の7割)。英国はむしろデフレの懸念のほうが大きく、実際、9月の住宅価格は前月比で-3.6%である。

オズボーン自身は古典的な経済理論に依存しているようで、巨額の政府負債が長期金利の高騰と、信用リスク下落やマーケットの混乱を招くと考えているのかもしれない。消費税の増税も経済へのダメージは低いととらえているようだ。けれども、以前触れたように、現在の状況を見る限りでは古典論よりもケインジアンの方がよりよく現象を説明しているし、後者の描く有効需要こそ最善の打開策であることは明らかだ。

2010年9月29日水曜日

財政危機という宣伝

政府の負債がその国の名目GDPの何%になるかというような単純な尺度でもって、その国の財政健全度を測ろうとする傾向が日本を含め先進諸国で強くなってきていると思うのは私だけだろうか。今のヨーロッパは、ギリシャやアイルランドの財政危機を目の当たりにし、物事の本質を見ずにただ歳出カットや国民の負担増を求めたがる。(ユーロシステムは、金融と財政の分離という致命的な欠陥を有しているのだ。(Klugの記事参照のこと)それこそが現在のギリシャをはじめとする欧州の財政危機だというのに・・・)ユーロに加盟していない英国でさえ今年の6月に、保守党キャメロン首相の下、オズボーン財務大臣が財政悪化を口実に緊縮財政プランを打ち出したわけである。これによって2012年までにイギリスが景気の2番底に向かう確率が高まり、失業率の悪化とそうまって社会情勢が不安定になりそうだ。ノーベル賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツはこのオズボーンの緊縮プランは明らかな誤りとして非難している。

負債とは簡単に言えば借金のことだ。借金なのだから誰かからお金を借りていることになる。では、日本の場合は政府は誰からお金(2010年9月現在で約800兆円)を借りているのだろうか?実はこの点が全くといっていいほど議論されないのだが、日本国債の保有者の大多数は国内の投資家なのである。その利払いは国内に流れ、国内が潤うことになるのだ。言い換えれば、家族内でお金を回しあっているに過ぎないのである。現在中国政府が日本国債を買い始めているのだが、これは日本の国益に反する。中国政府に利払いがなされるので、その分のお金が中国へ流出するのだ。(*おかしいと思わないだろうか?日本が仮に財政危機であり、10年物の国債が今にも暴落するのだとしたらそんな危険な金融商品をなぜ中国政府が買おうとするだろうか?しかも米国債を売ってまでして。実際に長期金利は1%台であり、国債価格は極めて安定である。)

財政規律を重んじる人たちはバランスシートの片方だけを見て財政再建を訴えるのだが、資本主義においては’誰かの負債は誰かの資産である’がゆえに、政府が負債を増やしているということは別の経済主体が資産を増やしていることを意味しているわけだ。財政規律派はこの資産の部を無視している。日本の家計の金融資産は1400兆円と巨額だ。トータルでは日本は世界最大の対外純債権国、すなわち他の国にいっぱいお金を貸し付けているのである。多額のODA、IMF出資額世界第2位、米国債保有額世界1位もしくは2位、米軍への思いやり予算毎年5兆円などなど。これだけの出資が可能であるのに、どうして日本が財政危機なのだろう?

菅内閣は財務省主導の下、消費税増税にはしるかもしれない。 その際に財政危機という宣伝文句は良い口実になる。だが、主権者はもっと注意深くなるべきだ。なぜ法人税は減税されるのか。なぜ中国が日本国債を買うのか。なぜ、財政支出に否定的な一方で為替介入には積極的なのか。

2010年9月24日金曜日

家計の負債と政府の負債

家計の負債と政府の負債を混同してはならないということだ。後者は通貨発行権を有しているから、自国通貨建ての負債ならば債務不履行になることはないのだ。簡単に言えばバンクノートをプリントして得たお金で借金を返済すれば良いのである。もちろんインフレ懸念は出るだろうが、緩やかなインフレは資本主義にとって望ましい、というのもそのようなインフレでは所得レベルの向上と需要の回復さらには政府の負債の減少が期待されるからである。メディアは政府の財政危機を煽り財政支出削減を叫ぶが、これらの情報に惑わされるべきではない。

ノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツの発言にもあるように、緊縮財政は国を衰退させるだけである。政府が支出を削減すればそれだけGDPは減るし、需要が減少して景気が後退する。需要低下は価格の下落を招き、デフレスパイラルに陥ってしまう。結局、不景気から抜け出せず、政府の負債は増える結果に終わってしまう(政府の負債は対GDPで算出されるので、分母であるGDPが減ることで負債が悪化してしまう)。不況下では需要が不足するので政府による有効需要喚起が経済の基本だ。

保守党政権になり英国が緊縮路線に走り、結果として景気と社会情勢が悪化するのは目に見えている。 英国はユーロゾーンと異なりBank of England が金融政策を採れる(すなわち、お金をすることで負債返済が可能)わけであるから、ギリシャやスペインなどとは根本的に対策を異にするべきであるのに。増税路線をとるにしても、所得水準の高い層や資本家から多く徴収することで税収減をある程度補えるはずだが、トーリーはそれをとらないかもしれない。また、postal privatisation をはじめとする幾つかの公的セクターの民営化も懸念材料だ(ロイヤルメールに関してはどこまで公的部門から切り離すのかは議論されているが)。これによって多くの公務員がリストラされ失業率の悪化を招いてしまう。