およそ40年間リビアを統治してきたカダフィ大佐の忠臣による軍と反乱軍との戦いが今年2月15日に始まり2ヶ月を経ているが、既に先月17日に国連安保理がリビアでの軍事行動を容認する決議を採択(国連安保理決議1973 United Nations Security Council Resolution 1973)し、それに基づき英米仏を中心とした多国籍軍(ベルギー、オランダ、カナダ、デンマークなどが参加)が「オデッセイの夜明け」というリビアへの軍事作戦を開始している。決議1973の採決にはロシア、中国、ドイツ、インドそしてブラジルが棄権している。ドイツの棄権票はドイツ国内でも意見が二分されているようで、ドイツ前外務大臣のJoschka Fischerは、現外務大臣Guido Westerwelleが今回安保理決議1973に棄権したことを「スキャンダラスな過ちだ」とし、「ドイツは国連や中東での信用を失うだろう」と述べている一方で、世論はドイツ有権者の3分の2がドイツの軍事作戦参加に反対であり、Westerwelleの決断を支持している。Westerwelleは棄権票ではなく反対票を投じたかったがメルケル首相に説得され棄権としたと報じる新聞もある。
欧州中心の軍事行動は2003年のイラク戦争以来となる。3月19日には米軍のトマホークミサイル約100発がトリポリなどの軍事機関へむけて発射された。多国籍軍の指揮権はNATOに移ったが、そのNATOはリビアにおける飛行禁止区域の設定を国連決議1973によって強制し、即時停戦の要求、また加盟国へカダフィ軍からリビア市民を守るために軍事力を行使することを要請している。
南アフリカのZuma大統領がリビアのトリポリへ、停戦のための話し合いのために到着して、その後NATOによる空爆が行われた模様だ。Zuma大統領はカダフィ大佐との面会のみならず、反乱軍の拠点である人口44万人のベンガジへも訪れることになっている。
空爆はアジュダービヤ-(人口15万のリビアの都市)へ進軍する11両の戦車を破壊、またその都市の5倍の人口を誇るミズラーター郊外にて14両以上の戦車に打撃を与えた。また空爆によりカダフィ軍の補給路のための道路にクレーターができたという。
NATOの軍事作戦の指揮を執っているCharles Bouchardは 、カダフィ大佐とその軍はアジュダビヤーやミズラーター市民にも容赦ない攻撃をくわえていて、今回の空爆がカダフィ軍の兵器とその兵站機関を目標としたものだと述べている。
リビアでのオイル生産がおちこみ、たとえ反乱軍が原油生産を統治したとしても、生産量はリビア内戦前の3分の一にも満たないだろうと予想されている。今月8日には約30ヶ月ぶりに原油価格が1バレル$112を超えた。これが最近の欧州中央銀行の利上げにつながっている。
2011年3月31日木曜日
東北大震災(5)
2009年の総選挙で「コンクリートから人へ」という安易なスローガンの下で勝利した民主党だが、そのコンクリートが今回の東日本大震災とそれに続く大津波から人や町を守ったケースがあったので紹介したい。
岩手県下閉伊郡普代村は人口約3000人の太平洋に面した村である。河北新報社の記事によると普代村には「東北一」と呼ばれる高さ15.5メートル幅205メートルの普代水門(コンクリート製)があり、約25年前(1984年)に普代川河口から約300メートル上流に建造された。1896年の明治三陸大津波で死者・不明者が1010人に及んだ普代村は、その教訓から防災のための防壁設置を検討したようだ。今回の大津波では20メートルを超える波が来たが、震災直後に久慈消防署普代分署が遠隔操作で普代水門を閉めたため津波は水門の上流200メートル付近の河川域で止まったようだ。これにより行方不明者1人死者0人、住宅被害は床上浸水1棟という最小限の被害に抑えている(3月25日現在)。深渡宏村長は「水門のおかげで村民の生命財産が守られた。漁業施設の再建に全力で取り組みたい」と述べている。
宮城県本吉郡南三陸町は人口約17000人の太平洋に面する町である。そのうち約10000人と以前連絡がつかない状況で、3月14日までに1000人の死亡が確認されている状況だ。 そんな中スポニチなども報じているが、行方不明だった南三陸町の佐藤仁町長が生還を果たした。3月11日に佐藤町長は町議会3月定例会の最終日の閉会の挨拶のさなかに地震に襲われ、立っていることもままならず、議場にいた約40人は机の下に隠れた。地震が収まった後、町議らと共に総合防災庁舎へ移動しそこで津波到来の連絡を受け3階建ての屋上に上がった。その庁舎は、1960年のチリ地震津波での被害を教訓とし、高さ11メートルの鉄筋コンクリート製の建物であり、地震・津波をはじめとする災害時における救助や被災者支援などの拠点となる施設だった。津波第一波がこの庁舎から300メートル離れた高さ7メートルの防波堤をこえて押し寄せ、この庁舎の全ての壁と天井をうちぬいた。屋上の金網に必死ですがりついた10人ほどの町職員らは波が引くと金網ごといなくなった。佐藤町長の体は偶然、外の非常階段の手すりにぶつかってとまった。30人いた屋上への避難者のうち佐藤町長を含む10人が残り、その10人は高さ5メートルの2本のアンテナにのぼった。第2波、3波が到来し10人の下を波が何度も行きかったが彼らはアンテナにしがみつきながら耐えた。11日夜はアンテナの上で10人が流れ着いた発泡スチロールや木くずなどを燃やして暖を取り、12日朝になって庁舎に絡まっていた漁業用ロープをつかって地上におりた。彼らは昼前に避難所である同町スポーツ交流村に着き、避難していた住民とともに生還を喜んだという。佐藤町長は「拾った命。町民のために全力を尽くす」と述べ、3月13日より公務に復帰し災害対策本部を設置、陣頭指揮を執っている。14日の会見では、「壊滅した地区も複数あり、米や毛布、水など支援物資の不足が著しい」と、生活に関連する物資等の緊急支援の必要性を訴えた。
このように公共事業が名目GDP成長のみならず国民の生命や財産をも守っていることが今回の震災で再確認されている。にもかかわらず一部の財政再建派は国債発行を抑制しようとしている。今日本国民とくに被災された多くの方々が生活物資の不足や震災後のストレスなどで苦しんでおられる。その方々のためにも今すぐ国債を10~20兆円発行して復興支援に当てるべきなのだ。できれば発行した国債は日銀に買い取ってもらうべきだ。
また防災対策に関しても、地震その他災害が起こってからでは遅いのだ。しっかりと前もって防災のための公共事業を行い、町や人を守る体制をつくっておくべきなのだ。
岩手県下閉伊郡普代村は人口約3000人の太平洋に面した村である。河北新報社の記事によると普代村には「東北一」と呼ばれる高さ15.5メートル幅205メートルの普代水門(コンクリート製)があり、約25年前(1984年)に普代川河口から約300メートル上流に建造された。1896年の明治三陸大津波で死者・不明者が1010人に及んだ普代村は、その教訓から防災のための防壁設置を検討したようだ。今回の大津波では20メートルを超える波が来たが、震災直後に久慈消防署普代分署が遠隔操作で普代水門を閉めたため津波は水門の上流200メートル付近の河川域で止まったようだ。これにより行方不明者1人死者0人、住宅被害は床上浸水1棟という最小限の被害に抑えている(3月25日現在)。深渡宏村長は「水門のおかげで村民の生命財産が守られた。漁業施設の再建に全力で取り組みたい」と述べている。
宮城県本吉郡南三陸町は人口約17000人の太平洋に面する町である。そのうち約10000人と以前連絡がつかない状況で、3月14日までに1000人の死亡が確認されている状況だ。 そんな中スポニチなども報じているが、行方不明だった南三陸町の佐藤仁町長が生還を果たした。3月11日に佐藤町長は町議会3月定例会の最終日の閉会の挨拶のさなかに地震に襲われ、立っていることもままならず、議場にいた約40人は机の下に隠れた。地震が収まった後、町議らと共に総合防災庁舎へ移動しそこで津波到来の連絡を受け3階建ての屋上に上がった。その庁舎は、1960年のチリ地震津波での被害を教訓とし、高さ11メートルの鉄筋コンクリート製の建物であり、地震・津波をはじめとする災害時における救助や被災者支援などの拠点となる施設だった。津波第一波がこの庁舎から300メートル離れた高さ7メートルの防波堤をこえて押し寄せ、この庁舎の全ての壁と天井をうちぬいた。屋上の金網に必死ですがりついた10人ほどの町職員らは波が引くと金網ごといなくなった。佐藤町長の体は偶然、外の非常階段の手すりにぶつかってとまった。30人いた屋上への避難者のうち佐藤町長を含む10人が残り、その10人は高さ5メートルの2本のアンテナにのぼった。第2波、3波が到来し10人の下を波が何度も行きかったが彼らはアンテナにしがみつきながら耐えた。11日夜はアンテナの上で10人が流れ着いた発泡スチロールや木くずなどを燃やして暖を取り、12日朝になって庁舎に絡まっていた漁業用ロープをつかって地上におりた。彼らは昼前に避難所である同町スポーツ交流村に着き、避難していた住民とともに生還を喜んだという。佐藤町長は「拾った命。町民のために全力を尽くす」と述べ、3月13日より公務に復帰し災害対策本部を設置、陣頭指揮を執っている。14日の会見では、「壊滅した地区も複数あり、米や毛布、水など支援物資の不足が著しい」と、生活に関連する物資等の緊急支援の必要性を訴えた。
このように公共事業が名目GDP成長のみならず国民の生命や財産をも守っていることが今回の震災で再確認されている。にもかかわらず一部の財政再建派は国債発行を抑制しようとしている。今日本国民とくに被災された多くの方々が生活物資の不足や震災後のストレスなどで苦しんでおられる。その方々のためにも今すぐ国債を10~20兆円発行して復興支援に当てるべきなのだ。できれば発行した国債は日銀に買い取ってもらうべきだ。
また防災対策に関しても、地震その他災害が起こってからでは遅いのだ。しっかりと前もって防災のための公共事業を行い、町や人を守る体制をつくっておくべきなのだ。
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2011年3月23日水曜日
東北大震災(4)
今月20日、東京消防庁は241人の隊員と消防車44台を福島第一原子力発電所へ派遣し、3号機への放水活動を行った。3号機よりわずか2メートルの距離に放水車を置き、地上22メートルの高さから放水した。はなれた場所で海水をくみ上げ、それを消防車に送りながら放水を行ったようだ。送水にあたっては全長800メートルのホースをひいたようだ。放水は3回にわけ、トータルで20時間かかったようだ。福島第一原発では消防隊の活躍によりわずかではあるが事態を改善させつつある。しかし依然としてメルトダウンの危険性は払拭されてはいない。今月23日には3号機より黒煙があがり、復旧作業が中断しているらしい。以前にも述べたが、3号機だけ燃料としてプルトニウムを使っているのだ。東電としては、外部電源をつなぐことで冷却水を送り込む予定であったが、結局1~4号機で作業が中断してしまった。5号機は使用済み核燃料のプールの温度が50度未満であり安全圏内ではあるが、ポンプにトラブルが発生し再び冷却機能が失われた。
・メルトダウン
メルトダウンとは深刻な原子炉事故の非正式用語であり、International Atomic Energy Agency (IAEA) によって定義されてはいない。大雑把には、原子炉のコアの部分が融けてしまう状態のことをさし、core melting accident (CMA、炉心溶融)がメルトダウンに近い意味をなす。炉心溶融は、単位核燃料の温度がその核燃料の融解温度を超えたときに発生する。平時には冷却水が炉心を冷やしているのだが、なんらかのトラブルでこの冷却機能を上回る状態で炉心で熱が発生すると原子炉が暴走する形でコアの温度がその融解温度へ達する。メルトダウンの発生は放射性核種の外部リークという更なる災害をもたらしかねない。
メルトダウンの原因としては、圧力制御の喪失や冷却機能不全、原子炉の出力の突発的上昇などがある。圧力制御喪失では冷却材の圧力が再起不能なほど低下する。この際(冷却材として不活性ガスを使っているときに)熱輸送効率の低下が起こりうる。水圧冷却型の原子炉(PWR)では核燃料の周りに蒸気の絶縁バブルが発生したりすることがある。ガス冷却型の原子炉(GCR)ではこのような圧力調節能低下によってコアの部分の圧力低下を招き、熱輸送効率低下と核燃料の冷却機能に大きな障害が出る。しかし、一つでも機能しているガス循環があれば核燃料は冷却状態が保たれる。PWRの原子炉は商業用の原子炉としては最もよく用いられていて、沸騰水型の原子炉(BWR)がこれに続く。BWRでは上記のような蒸気バブルは発生しにくい。
冷却機能不全の原因は、冷却剤そのものの損失か冷却剤の輸送障害のいずれか(もしくは両方)である。GCRではグラファイトを中性子減速剤とし、CO2を冷却剤として使用しているために
先ほど述べたPWRにおける蒸気バブルの発生は、立ち往生した冷却水が過剰に加熱されることによって生じるという観点から輸送障害に入れることができるだろう。1979年の米国のスリーマイル島原発事故では機器系統の異常などのほか、冷却水が(安全弁の固着により、開いたままになり)大量に失われてしまったことが直接の原因になった。
原子炉の突然の出力上昇は、中性子減速剤の特性変化や制御棒の噴射・排出などにより、中性子の連鎖反応に関する増倍率をつかさどる制限が著しく変えられてしまうために起こる。high power chnnel-type reactor (RBMK)は旧ソビエト連邦で主に使われていた原子炉で黒鉛によって中性子が減速されるタイプの原子炉であり、2010年においても11機稼動しているといわれている。RBMKでは自然ウラン(ウラニウム235)を燃料として使えるために、安上がりだったことが使用の決め手だったのかもしれない。RBMKは反応性に関する正のボイド係数をもち、減速剤や冷却剤に蒸気バブルなどボイド(空虚・空隙)が形成されたさいに炉心の出力が増加するようになっている。バブルは中性子を吸収しないため、炉心の出力がさらに増加するという正のフィードバック効果をもっている。これが1986年の旧ソ連でのチェルノブイリ事故の原因のひとつだった。
RBMKや液体ナトリウム冷却型の原子炉では、炉心での発火もメルトダウンの原因になる。グラファイトはWigner効果(中性子線による固体原子の配置転換;1MeVの中性子の衝突が900の配置転換をおこすようだ)の累積に左右されやすく、グラファイト自体を過剰加熱させる原因となる。1957年の英国でのWindscale fireはこれが原因だった。
・復興国債
現在、政府が今回の震災の復興支援のための復興国債を10兆円発行し、日銀に買い取ってもらう計画を練っているという。国債の日銀買取には賛成だ。政府紙幣の発行と国債の中央銀行による買取は実質的に同じものだ。今回の震災での被害は阪神大震災をこえるものであり、緊急の経済支援は当然だ。そうでなければ一体何のための国家なのだ?あのレッセ・フェールでさえ防衛や治安維持には財政支出が不可欠であるとしているのに、福祉国家を標榜する日本がそれすらやらなかったら全く経済をしらないのと同じである。
・メルトダウン
メルトダウンとは深刻な原子炉事故の非正式用語であり、International Atomic Energy Agency (IAEA) によって定義されてはいない。大雑把には、原子炉のコアの部分が融けてしまう状態のことをさし、core melting accident (CMA、炉心溶融)がメルトダウンに近い意味をなす。炉心溶融は、単位核燃料の温度がその核燃料の融解温度を超えたときに発生する。平時には冷却水が炉心を冷やしているのだが、なんらかのトラブルでこの冷却機能を上回る状態で炉心で熱が発生すると原子炉が暴走する形でコアの温度がその融解温度へ達する。メルトダウンの発生は放射性核種の外部リークという更なる災害をもたらしかねない。
メルトダウンの原因としては、圧力制御の喪失や冷却機能不全、原子炉の出力の突発的上昇などがある。圧力制御喪失では冷却材の圧力が再起不能なほど低下する。この際(冷却材として不活性ガスを使っているときに)熱輸送効率の低下が起こりうる。水圧冷却型の原子炉(PWR)では核燃料の周りに蒸気の絶縁バブルが発生したりすることがある。ガス冷却型の原子炉(GCR)ではこのような圧力調節能低下によってコアの部分の圧力低下を招き、熱輸送効率低下と核燃料の冷却機能に大きな障害が出る。しかし、一つでも機能しているガス循環があれば核燃料は冷却状態が保たれる。PWRの原子炉は商業用の原子炉としては最もよく用いられていて、沸騰水型の原子炉(BWR)がこれに続く。BWRでは上記のような蒸気バブルは発生しにくい。
冷却機能不全の原因は、冷却剤そのものの損失か冷却剤の輸送障害のいずれか(もしくは両方)である。GCRではグラファイトを中性子減速剤とし、CO2を冷却剤として使用しているために
先ほど述べたPWRにおける蒸気バブルの発生は、立ち往生した冷却水が過剰に加熱されることによって生じるという観点から輸送障害に入れることができるだろう。1979年の米国のスリーマイル島原発事故では機器系統の異常などのほか、冷却水が(安全弁の固着により、開いたままになり)大量に失われてしまったことが直接の原因になった。
原子炉の突然の出力上昇は、中性子減速剤の特性変化や制御棒の噴射・排出などにより、中性子の連鎖反応に関する増倍率をつかさどる制限が著しく変えられてしまうために起こる。high power chnnel-type reactor (RBMK)は旧ソビエト連邦で主に使われていた原子炉で黒鉛によって中性子が減速されるタイプの原子炉であり、2010年においても11機稼動しているといわれている。RBMKでは自然ウラン(ウラニウム235)を燃料として使えるために、安上がりだったことが使用の決め手だったのかもしれない。RBMKは反応性に関する正のボイド係数をもち、減速剤や冷却剤に蒸気バブルなどボイド(空虚・空隙)が形成されたさいに炉心の出力が増加するようになっている。バブルは中性子を吸収しないため、炉心の出力がさらに増加するという正のフィードバック効果をもっている。これが1986年の旧ソ連でのチェルノブイリ事故の原因のひとつだった。
RBMKや液体ナトリウム冷却型の原子炉では、炉心での発火もメルトダウンの原因になる。グラファイトはWigner効果(中性子線による固体原子の配置転換;1MeVの中性子の衝突が900の配置転換をおこすようだ)の累積に左右されやすく、グラファイト自体を過剰加熱させる原因となる。1957年の英国でのWindscale fireはこれが原因だった。
・復興国債
現在、政府が今回の震災の復興支援のための復興国債を10兆円発行し、日銀に買い取ってもらう計画を練っているという。国債の日銀買取には賛成だ。政府紙幣の発行と国債の中央銀行による買取は実質的に同じものだ。今回の震災での被害は阪神大震災をこえるものであり、緊急の経済支援は当然だ。そうでなければ一体何のための国家なのだ?あのレッセ・フェールでさえ防衛や治安維持には財政支出が不可欠であるとしているのに、福祉国家を標榜する日本がそれすらやらなかったら全く経済をしらないのと同じである。
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2011年3月13日日曜日
東北大震災(1)
日本において今月上旬に東北地方が大地震に襲われた。ニュージーランドでの地震といい、今回の震災といい悪いニュースが立て続けに起こっている。日本はいくつものプレートが重なり合う地震大国であり、常に地震とそれに伴う津波や火災などに気をつける必要がある。日本の民主党は事業仕分けで政府支出を削っているようだがこれは大きな間違いである。政府が公共事業で防波堤やダムを造らなければ、今回のような震災で住民や建造物が津波に流されてしまったり、大雨で町の水没や土砂崩れなどで多大な被害を受けてしまうからである。少なくとも安全という観点から言えば「公共事業がムダ」という説には根拠が無いのだ。メトロポリスである東京では近いうちに計画停電が実施される。今回の地震に伴う福島原発の原子炉機能消失によって電力供給に多大な支障が生じ、近隣の大都市(すなわち東京)への安定した送電が不可能になったためだ。この事実からも日本がいかに原子力発電に依存しているかがわかる。2008年度の日本の総発電量は、OECDの統計によれば1082014(GWh)でありそのうち原子力発電が258128(GWh)と実に25%を占めているのだ。原子力依存度はイギリスが11~13%、アメリカが約20%、ドイツが23%であることをみればこの値がいかに大きいかわかる。また日本の水力発電も全体の8~9%と決して無視できない割合だ。「公共事業はムダだから」などと唱えつつダム建設や原発建設に反対する人たちは電力供給の如何なる代替案を出すのだろう?彼らは都心機能がストップし不便になることをいとわないのだろうか?
ノーベル経済学賞を1999年に受賞したロバート・マンデルはユーロの父と呼ばれるが、そのマンデルが関わっているマンデル・フレミングモデルでは財政政策が自国通貨高による輸出減という形で無効になるとしているが、通貨高は金融政策によって調節できるのであり日銀が本腰を挙げて金融緩和をすれば通貨高を回避できるのは当然といえる。(もしそうでなければ、量的緩和はインフレと無関係ということになってしまう。そのため、政府紙幣発行で日本の財政状況は一気に解決できることになりますね)財政支出を拡大させればその分だけ名目GDPが伸び、政府の負債対GDP比率が減少するのだ。景気が回復すれば自然と税収も回復することが期待される。
個人的にはマンデルの理論よりもクルーグマンやスティグリッツの経済理論のほうに説得力を感じる。 財政支出は増やしていくべきなのだ。特にデフレや不況の際には。
ノーベル経済学賞を1999年に受賞したロバート・マンデルはユーロの父と呼ばれるが、そのマンデルが関わっているマンデル・フレミングモデルでは財政政策が自国通貨高による輸出減という形で無効になるとしているが、通貨高は金融政策によって調節できるのであり日銀が本腰を挙げて金融緩和をすれば通貨高を回避できるのは当然といえる。(もしそうでなければ、量的緩和はインフレと無関係ということになってしまう。そのため、政府紙幣発行で日本の財政状況は一気に解決できることになりますね)財政支出を拡大させればその分だけ名目GDPが伸び、政府の負債対GDP比率が減少するのだ。景気が回復すれば自然と税収も回復することが期待される。
個人的にはマンデルの理論よりもクルーグマンやスティグリッツの経済理論のほうに説得力を感じる。 財政支出は増やしていくべきなのだ。特にデフレや不況の際には。
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2011年3月6日日曜日
エジプト動乱(4)&リビア内戦(1)
ムバラク大統領退任ののち軍部が権力を得たエジプトに対し、そのお隣のリビアでは市民のデモと政府側による反乱デモ武力鎮圧のせめぎあいが続いているようだ。リビアの最高指導者はムアンマル・カダフィ大佐である。ムバラク氏が30年エジプトを治めていたしていたのに対し、ガダフィ氏は40年以上も同国を統治している。反乱は先月15日にこのガダフィ政権への抵抗運動として始まり、先月末までにはカダフィ政権はリビアの多くの都市で統治能力を失うまでになっていが、首都であるトリポリでは情勢は異なるようだ。ガダフィ政権は武力でこれを鎮圧しようとしている。一方、反ガダフィ勢力はNational Transitional Council を形成し抗戦にでている。カダフィ大佐は、 彼自身は名誉職についていて、権力行使できる立場ではないしリビア国民は彼を敬愛していると述べている。またガダフィ大佐は「オバマは良い人間だが、彼にはリビアの状況について謝った情報が伝えられている。またアメリカ自体が世界の警察ではない」とし、全体として米国には裏切られたと感じているようだ。
反ガダフィ勢力は英国に助言を求めていて、英国もこの反乱軍に梃入れをするためにエキスパートをリビアに派遣してる。これは内政干渉に見えるが、英国政府筋の情報では関連する国際法があるため反乱軍に武器を供給するようなことはしないのだという。リビア外務副大臣であるKhaled Kaim 氏によれば同国はベネズエラのチャべス大統領が提案した和平交渉にのるようだ。そのことは米国を怒らせているらしい。英国外務大臣であるWilliam Hague 氏はリビア前内務大臣であるアブデュル・ファッタ・ヨウニス・オバイディ氏との接触を続けている。このオバイディ氏は反乱軍の指揮を執っていてガダフィ大佐の後継者とみなされている。
・国連やNATOの対応
国連安保理は先月26日に、ガダフィ大佐とその家族の渡航禁止や資産凍結を科すリビア制裁決議案を全会一致で採択した。またこの決議には、市民デモ鎮圧が非人道的である可能性についても指摘しつつ、リビアへの武器輸入禁止や国際刑事裁判所(ICC)に捜索を付託することなども盛り込まれている。NATOはそれに加盟する国の集団的自衛権の行使のための条約機構のはずだが、飛行禁止区域を含めたリビアへの軍事アクションプランを練っている。それは米国からも批判されている(もちろん米国にはこれを批判する資格は無いが)。アフガン抗争にて無慈悲な大量空爆をやっているような機構がリビア飛行禁止区域まで侵入するということに恐ろしさを覚えるのだ。(そのようなお金があるにもかかわらずEUはPIIGSに緊縮財政を要求している。)
・LSEへの寄付金問題
London School of Economics (LSE) ではカダフィ大佐の次男であるセイフイスラム氏から多額の寄付金を受け取っていたとして非難されており、その責任をとる形で同大学ハワード・デービス学長が辞任した。セイフイスラム氏はLSEにて博士号を取得している。2009年の6月に150万ポンド(約2億円)の寄付金が同大学に納入される話がでたらしく、LSEのカウンシルがその寄付金を得ることは脅威だと感じつつも全てを考慮するとセイフイスラム氏の誠実な寄付だという結論を出した。同年10月にデービス氏がそれを後押ししたようだ。このセイフイスラム氏はこの寄付金でPhDを得たとの疑惑がある。デービス元学長はセイフイスラム氏の経済顧問としてトニー・ブレア政権の2007年時にリビアを訪れたことがあり、金融システムに関するアドバイスを送っている。デービス氏が彼の友人に、「私はただトリポリでコーヒーを飲んだだけで、単なる脇役だ」と語っている。またデービス氏は、セイフイスラム氏の卒業式の際に彼と会い握手をしたことがあるだけで夕食を共にしたことはないとも話している。
このデービス氏自身は国際人でありまた数々の政治家達と仕事をしてきたテクノクラートでもある。学生やスタッフの間で大変人気がある。学長の職に留まることも可能であったが、「大学の評判を傷つけたことに責任がある」、「判断を誤った」と述べつつ、責任を取るほうを選んだようだ。
反ガダフィ勢力は英国に助言を求めていて、英国もこの反乱軍に梃入れをするためにエキスパートをリビアに派遣してる。これは内政干渉に見えるが、英国政府筋の情報では関連する国際法があるため反乱軍に武器を供給するようなことはしないのだという。リビア外務副大臣であるKhaled Kaim 氏によれば同国はベネズエラのチャべス大統領が提案した和平交渉にのるようだ。そのことは米国を怒らせているらしい。英国外務大臣であるWilliam Hague 氏はリビア前内務大臣であるアブデュル・ファッタ・ヨウニス・オバイディ氏との接触を続けている。このオバイディ氏は反乱軍の指揮を執っていてガダフィ大佐の後継者とみなされている。
・国連やNATOの対応
国連安保理は先月26日に、ガダフィ大佐とその家族の渡航禁止や資産凍結を科すリビア制裁決議案を全会一致で採択した。またこの決議には、市民デモ鎮圧が非人道的である可能性についても指摘しつつ、リビアへの武器輸入禁止や国際刑事裁判所(ICC)に捜索を付託することなども盛り込まれている。NATOはそれに加盟する国の集団的自衛権の行使のための条約機構のはずだが、飛行禁止区域を含めたリビアへの軍事アクションプランを練っている。それは米国からも批判されている(もちろん米国にはこれを批判する資格は無いが)。アフガン抗争にて無慈悲な大量空爆をやっているような機構がリビア飛行禁止区域まで侵入するということに恐ろしさを覚えるのだ。(そのようなお金があるにもかかわらずEUはPIIGSに緊縮財政を要求している。)
・LSEへの寄付金問題
London School of Economics (LSE) ではカダフィ大佐の次男であるセイフイスラム氏から多額の寄付金を受け取っていたとして非難されており、その責任をとる形で同大学ハワード・デービス学長が辞任した。セイフイスラム氏はLSEにて博士号を取得している。2009年の6月に150万ポンド(約2億円)の寄付金が同大学に納入される話がでたらしく、LSEのカウンシルがその寄付金を得ることは脅威だと感じつつも全てを考慮するとセイフイスラム氏の誠実な寄付だという結論を出した。同年10月にデービス氏がそれを後押ししたようだ。このセイフイスラム氏はこの寄付金でPhDを得たとの疑惑がある。デービス元学長はセイフイスラム氏の経済顧問としてトニー・ブレア政権の2007年時にリビアを訪れたことがあり、金融システムに関するアドバイスを送っている。デービス氏が彼の友人に、「私はただトリポリでコーヒーを飲んだだけで、単なる脇役だ」と語っている。またデービス氏は、セイフイスラム氏の卒業式の際に彼と会い握手をしたことがあるだけで夕食を共にしたことはないとも話している。
このデービス氏自身は国際人でありまた数々の政治家達と仕事をしてきたテクノクラートでもある。学生やスタッフの間で大変人気がある。学長の職に留まることも可能であったが、「大学の評判を傷つけたことに責任がある」、「判断を誤った」と述べつつ、責任を取るほうを選んだようだ。
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