2011年2月24日木曜日

エジプト動乱(3)

ホスニ・ムバラク大統領が今月11日に退任し軍部が政権を得たエジプトであるが、今月22日に(新政権である)シャティク暫定内閣のもとで新閣僚が就任した。数十年ぶりに野党からの入閣が実現したようで、新ワフド党のムニ-ル・アブデルヌール氏が観光大臣になりまたタガンマア党からも一人入閣した。けれども依然としてムバラク氏の影響は残っているらしく、外務相や国防相にはムバラク政権の閣僚を留任させたようだ。同国の司法当局は今月21日にムバラク氏とその家族(スザンヌ夫人、長男アラー氏夫妻、次男ガマル氏夫妻)の資産凍結を要請した。スイス政府はムバラク氏の退任後に時間をおかずにムバラクファミリーがスイス内に保有する資産の凍結を決めている。英国は今月21日に首相であるキャメロンがエジプトを訪問しタンタウィ軍部代表やシャフィク首相と会談した。キャメロンはエジプト現政府に完全な民主化(自由で公正な選挙の実施など)をする約束をさせたいらしい。彼はこの後リビアなど反乱がおきている中東・アフリカの国々を歴訪するようだ。既に内政では恐ろしい緊縮財政で、英国市民の怒りを買っているだけに外交で存在感をアピールしたい思惑がみてとれる。またイギリスが商業的にこれら中東・北アフリカに関心を示しているという宣伝効果もあるようだ。彼は現在のリビアとエジプトを対比させつつ、「リビアで今起きていることは完全にひどいことであり容認できない。リビア当局はリビアを見たがっている人々への抑圧をもっとも悪意のある形で行っていて、これらの行動が閉鎖的かつ専制的である」と述べた。キャメロンの考えでは、政治・経済的改革には進化するための機会があり、それら改革のプロセスはこれらの改革という目標と逆の方向には動かないのだという。そのヨーロッパの島国の首相は「改革は目標に向かって進んでいる。大きな(政治的)開放と改革は安定性と強い連携をもたらす」と述べているが、これは彼と保守党・LibDemの連立政権が今やっているような恐ろしい緊縮財政を正当化したいがためにこのような(経済改革賛美文句)発言をしているのだろう。

・ロシア副首相グーグルを非難
ロシアのセチン副首相はエジプト政治の混乱を助長させたとして米国グーグルを遠まわしに非難した。セチン副首相はプーチン首相の側近といわれプーチンの個人秘書を務めたりしている。オルガリヒ抑圧にはこのセチン氏が中心となっていたともいわれる。レニングラード大学の外国語課で働いていたこともあり、フランス語とポルトガル語に堪能らしい。(指導的立場にある人間が外国語に堪能であるというのは珍しいことではない。オーストラリアのラッド前首相は北京語を話すし、ドイツのメルケル首相はロシア語と英語に堪能だと聞く。)セチン副首相は「エジプトでなにが起こっているのかを我々はもっと調べる必要がある。グーグルの管理者たちがエジプトでなにをやっているのか、また民衆のエネルギーを操作する類のことが起こっているのかについても調べる必要がある。」とWall Street Journalの取材にて述べた。この言動の背景にはインターネットという現代のニューメディアが市民の団結に果たす役割が極めて大きくなってきていて、ロシアや中国などの言論統制の活発な政府もこれを無視できないという事情があるのだろう。事実、(目下のところロシアではネット規制は小さいようだが)中国では今月19日にネットの規制を強化する指示が中国政府によって出されている。

2011年2月17日木曜日

エジプト動乱(2)

米国の量的緩和第2弾(QE2)は世界的に穀物や原油などの価格に影響を与えているようだ。いくら金融緩和しても米国内に投資先がないとなると、海外に目が向かう。貨幣市場というのは主に短期の金融資産の取引のための市場であり、コマーシャルペーパーや銀行引受手形などが取引され満期も1年未満であることが多い。今回のQE2がこの貨幣市場を通して世界的に流動性をもたらしたと考えられる。特にエジプトはキャリートレード(通貨の金利差を利用して利益を狙う取引、すなわち金利の低い通貨を調達して金利の高い通貨に両替し運用すること)にとっては格好の場所らしく、かなりの低金利でドルを調達し高金利の債券などを買っていたといわれる。同国の中央銀行の金利は最低でも9.75%をキープしていたようだ。

一見してエジプトというとナイルの賜物として食料供給は高いと思われるが、実際はかなりの輸入依存国であり2009年の食料輸入額はその国のGDPの4.8%を占めている。したがってエジプトポンド(EGP)の下落は同国における食料品の価格高騰の大きな要素になったはずだ。

これによってエジプトでは高いインフレ率とそれへの対処の遅さのために国民が政府に不満を抱くようになったと考えられる。そしてチュニジアでの革命を契機としてエジプトでも反政府運動が活発になったようだ。個人的には、この米国FRBのQE2は「米国の国益」という観点からは当然であると考える。というのも政治家は自国民の生活や安全を保証する義務があるからであり、自国が不景気に陥っていて失業率も改善しないというときに政治家が金融緩和などの景気対策をしないというのは職務怠慢に等しいからである。その行為を非難するのはやはり内政不干渉の原則に反するといえるだろう。ただ一つ問題なのは米国が財政政策を過小評価していて、積極財政をためらっているということである。金融政策と財政政策は平行させるべきなのだ。そうすれば市場にお金を供給してもそれを国内の投資にまわすことができる。(ちなみにQE1では米国は顕著なインフレを経験しなかった。新規発行ドルが貨幣市場や債券市場に流れてしまったからである。)

ホスニ・ムバラク大統領は任期途中での退任を決めている。英国に対し、彼とその同僚のロンドンにある銀行口座(にある資産)を凍結するようにエジプトから公式に要請があったらしいが、英国外務大臣ウイリアム・ヘイグは英国国内法の観点から何かしらの不法行為もしくは資産乱用がない限りは 凍結はできないと述べている。口座の捜査の時期と程度はEUの金融大臣が決め、実際の捜査はSerious Organised Crime Agencyが行うようだ。野党である労働党は、速やかに口座の調査をすべきとしてキャメロン政権を批判している。

ムバラクの後には軍が権力を得たようだがそのリーダーであるMohamad Tantawiは政治経済改革には消極的であるようだ。経済改革は政治を不安定にするということと彼が高齢であることがその理由のようだ。確かに急速な改革は国民生活を不安定にするだろうし、中央政府が力を失えば供給力や有効需要の創出など政府が本来やるべきことができなくなってしまう恐れもある。エジプトが依然として治安が良くない国であることも否定できないために、警察など公的な治安維持部門がしっかりしないことには更なるカオスを呼び込んでしまう恐れもある。その一方で軍部と密接な関係を持つ企業が市場を寡占状態にもっていってしまう危険性もある。水やインフラ、ガソリンなど生活に必要なものであり本来は民主的政府によって公的に運用されるべきものが、一部の軍部御用達企業に売り渡され高値で市民に販売されるなどのことがあればエジプト国民の生活はさらに厳しくなる。民主主義の歴史が浅いだけに治安回復と民主化には時間がかかりそうだ。

エジプト動乱(3)へ続く

2011年2月9日水曜日

エジプト動乱(1)

今年(2011年)に入ってからの大きな事件の一つになるであろう。エジプトは2006年にアフリカネーションズカップを開催しそこで優勝までしている。ネーションズカップの優勝回数は同国が最多だ。ホスニー・ムバラク大統領は1981年から現在まで約30年にもわたってエジプトを統治していたとは驚きだ。何かしらの政治力学が働いていたこと(米国のバックアップなど)は間違いないだろうし、軍部への影響力もあったのだろう。エジプトでは60年にもわたって軍部(とビジネスや政治の寡占団体)が同国の支配体制の中核を担っていたといわれる。 

チュニジアでの反政府運動の影響を受け、今年1月25日よりエジプトにて反政府運動が顕著になりFacebookやその他のネットでの呼びかけによって約6~7万もの人々が反政府デモに参加したという。当然そのデモを軍隊が鎮圧しようとゴム弾や高圧放水銃、催涙ガスをデモ隊にあびせる。しかし、デモ参加者たちはそれに屈せず抵抗を続けた。軍部も一枚岩ではないようで、デモ隊には発砲しないことを明言した部隊もいれば、カオス的状況をもたらすような行為におよぶ部隊もあったようだ。前者に対しては、デモ隊が戦車を取り囲み兵士達に花をプレゼントするなどの和平的デモがなされたようだ。一方後者では、軍隊がデモ隊に反撃をすることもあったようである。

エジプト政府側はネットや電話など通信手段を遮断して対抗した(と思われる)が、グーグルやTwitterなどが協力して新たな通信サービスを始めたため情報へのアクセスはそこまで制限されなかったようだ。今年2月2日にはネット機能が回復したことが英国Vodafoneエジプト事業Vodafone Egyptや米国インターネット監視企業Renesysによって発表された。

エジプトの副大統領であるOmar Suleimanは、法改正がなされるためには確固たる治安が維持されるべきであり、今年秋の大統領選挙前にムバラク大統領が辞任することはないと述べている。欧米諸国はムバラク大統領に対して近いうちに辞職することを促しているようだが、これに対しムバラク大統領側は幾つかの友好国が彼に辞任を迫るのは不当であり、長年エジプトのために忠実に働いてきた自分は任期満了するべきであると主張している。エジプト憲法の76条や77条では大統領の任期や大統領への立候補条件などが示されているが、これらを200日以内に修正する用意は政府側にあるようだ。

Suleiman副大統領はタリル広場で抗議活動を行っている人々へデモ中止を求めている。ムバラク大統領は既に次期大統領選挙への不出馬の意思を示しているが、カイロ中心のタハリール広場では今月6日も大統領退陣を要求するデモが続いているようだ。少し前にSuleiman副大統領は、エジプト人は民主主義の文化を理解していないという心得違いかつ侮辱的な発言をし、さらには今回の反乱は外国人によって支援されているとまで述べている。これからしても現在のエジプト政府が現状を正確に把握していないことがわかる。

GuardianのAmira Nowairaは、彼らの政治意識は教育の質からくるものではなく束縛・圧迫に対抗するための人間のスピリットの体現であると述べている。エジプト市民の団結は長年の独裁政権がやってきた政治的蛮行をとめることが目的であるはずだ。人間にとって最も大事なものは(身体や思想の)自由であるからだ。長年米国の傀儡だと考えられていたムバラク政権への大きな反乱とともにエジプトは変わり始めている。
 
エジプト動乱(2) へ続く