2010年12月30日木曜日

2010年の総括

今年あったニュースで印象的なものといえば、1月末のIPCCのスキャンダルだろうか。同機関の気候変動に関する第4次報告書のなかで、2035年までにヒマラヤの氷河が全て融けるという記載があったのだがこれが根拠薄弱であり記載自体誤りであったことが判明した。昨年度にはクライメートスキャンダルもあって同機関の信用性が著しく低下したのである。今回のヒマラヤ氷河でっちあげ騒動で信用低下に拍車がかかったためにIPCC議長を務めるラジェンドラ・パチャウリ氏は本来辞職すべきなのだが依然としてその地位にしがみついている。

3月にはアイスランドでのエイヤフィヤトラヨークトル火山の噴火が顕著になった。同国は2008年に金融機関が破綻しているが、その後のデフォールトやインフレ・クローナの通貨暴落によって輸出が改善し、経常収支を黒字化させることに成功している。今年度の失業率は8%と悪いのだが、米国の10%やPIIGS諸国の失業率と比較すればまだましだといえる。この噴火で欧州への空の便が相次いで欠航となり航空産業に多大な損失を与えたようだ。(バルセロナがCL決勝トーナメントでインテルへ行く際に飛行機が使えず、結果としてインテルに敗れるという波乱があった。インテルは今年のCLを制している。モウリーニョはその後レアルの監督に就任した。一方、バルサはCLで敗れたがスペイン代表が今年のWCで優勝した。名実ともに無敵艦隊となった。)

6月には宇宙探査機「はやぶさ」が長いたびを経て小惑星イトカワへ着陸、その後その小惑星の岩石(Fragments of Itokawa)を採取して地球に帰還するという世界初のプロジェクトが完結した。費やされた時間は2003年から2010年までのおよそ7年であるが、予定では2007年に地球に帰還することになっていたが様々なアクシデントがそれを阻んだ。それは通信の途絶えであったり、推進技術の異常だった。しかし其のたびに科学者や技術者が適切な解決法をだしてどうにかミッションを継続させたのだ。けれどもカプセルがイトカワの砂をしっかり含んでいるかは不確かだ。それができなければミッションは達成されなかったことになる。採取メカニズムはうまく作動しなかったようだが、はやぶさのその小惑星への着陸時に埃が舞い上がってそのなかのいくらかが機内へ入っていると考えられる。いずれにせよ日本の科学技術水準の高さを世界に知らしめたニュースだった。

10月には今年のノーベル賞受賞者が発表になり日本人2名が化学賞を受賞した。物理学賞を受賞したアンドレ・ガイム氏の功績であるグラフェンの生成法はシンプルだが根気を必要とするだろう。学問に王道なしというがまさにそうである。

今年は米国の中間選挙の年だった。11月にオバマは敗れたが彼の政策は決して間違ってはいない。問題なのは、クルーグマンも指摘しているように、景気対策の額がリーマンショックとその後の金融危機の被害額に比して小さかったことだ。そのため失業率も改善しなかった。もしオバマが景気対策をうたなかったらもっと失業率は悪くなっていたはずである。市場原理主義をとなえる共和党の勝利により今後民主党は積極財政を採りにくくなる。(それでもイギリス保守党のように、不況下で緊縮財政をとる政権よりはまだましだ。これにより同国は公務員の数を大幅にカットし、来年1月からはVATを20%にまで引き上げるのだ。これで間違いなく同国の景気は2番底におちるだろう。)

今年最大の関心事はユーロという統一通貨の今後であろう。ギリシャとアイルランドの債務問題はユーロ圏を揺るがす大問題に発展している。たとえこれらを救済しても根本的な解決にはならないし、スペインやポルトガルといった予備軍も控えている。IMFやドイツから要求される緊縮財政はアイルランド経済を崩壊させるほどに厳しいものだ。最善の解決策はユーロから脱退し、自国の通貨を再導入することである。(90年代アイルランドはユーロを採用するまでは経常収支黒字国だったのである。)再導入した通貨は暴落するがそのメリットは輸出の回復であり、景気回復に貢献するはずだ。その後他の国もギリシャやアイルランドのユーロ放棄に追随し、ユーロは消滅するかもしれない。

2010年12月26日日曜日

市場原理主義勢力の巻き返し

2008年に米国で金融危機が発生し、世界経済に大きなダメージを与えたことは万人周知の事実だ。米国ではいまだに失業率が10%のままで、下がる兆候もない。欧州はというとギリシャやアイルランドの債務問題が深刻化し、ユーロの存続を脅かすまでの事態となっている。その金融危機・リーマンショックの原因となったのは紛れもなく市場原理主義の徹底だ。市場原理主義に基づく経済政策下では、規制緩和や民営化などが次々となされていく。民営化とは供給力を高めるための一つの手段であり一見するとよさそうだが、市場原理主義では本来政府や地方自治体がやるべき基本的な公共サービス(たとえば教育、郵政、インフラなど)までもが民営化されてしまうのだ。民間企業は基本的に営利を第一に考えるため、利益にならないプロジェクトには消極的だ。郵便事業を民営化したことでサービスが著しく低下したし(たとえば配達記録は『効率重視のために』廃止になったし、定額小為替も10倍の値段になった。過疎地域の簡易局も効率を重視するという名目のため次々に閉鎖に追い込まれている。)、売りたい商品の安全性よりもビジネスを優先させるかもしれない。それに大規模な国営会社が民営化された場合の市場の寡占も懸念材料だ。財政支出や公共投資が否定されることも忘れてはならない。その結果、道路や橋といった公共物の老朽化・荒廃やそれによる安全性の低下などが顕著になっていく。再分配機能がほとんどなされないため一部の超裕福層のために多くの人々が貧しい生活を送ることになる。

リーマンショックは市民に市場原理主義の末路が如何なるものかを教えたはずだ。日本でも当時の麻生総理がケインズ主義を打ち出し、大規模な財政支出を行った。米国でも、リーマンショック前はマケイン率いる共和党が有利だったが、金融危機でオバマが逆転し政権交代が起こり、財政支出・公共投資を行った。さらにAIGに多額の公的資金を投入し事実上国有会社にした。これは明らかに民営化・新自由主義とは逆の方向を行く路線だ。

人々は教訓から学んでいないようだ。今年11月の中間選挙では共和党やTea Partyが勝利し、大きな政府志向のオバマ政権にとって今後の政権運営に大きな障害になっている。イギリスでも小さな政府を志向するキャメロン率いる保守党の大躍進により、公務員削減・消費税増税・財政支出カットなどのおそろしい緊縮財政に突き進んでいる。なぜ人々は市場原理主義を再び信奉し始めているのか?ノーベル経済学賞受賞者であるポール・クルーグマンは、
When historians look back at 2008-10, what will puzzle them most, I believe, is the strange triumph of failed ideas. Free-market fundamentalists have been wrong about everything — yet they now dominate the political scene more thoroughly than ever.

経済右派は「オバマが行ってきたような大きな政府は機能しない」と主張するが、それは間違いである。オバマが初期にやった財政支出の規模が小さかったために、ケインズ的な政策と呼ぶに値するにいたらなかったのだということらしい。経済右派の主張には誇張が多い。
It’s also worth pointing out that everything the right said about why Obamanomics would fail was wrong. For two years we’ve been warned that government borrowing would send interest rates sky-high; in fact, rates have fluctuated with optimism or pessimism about recovery, but stayed consistently low by historical standards. For two years we’ve been warned that inflation, even hyperinflation, was just around the corner; instead, disinflation has continued, with core inflation — which excludes volatile food and energy prices — now at a half-century low.
経済右派は、国債発行での金利上昇や金融緩和でのインフレーションを必要以上に騒ぎ立て不安をあおるのだ。結果をみれば彼ら(右派)の主張が誤りであることは明らかだ。それでも彼らの主張は一般の人々を動揺させるには十分なほど説得力のあるものになるようだ。オバマが景気対策をうってもここ2年間失業率に改善が見られないことに不満をもち、右派がその原因がオバマの政策にあると主張しつづければ、庶民は右派の主張を是とするかもしれない。明らかにリーマンショックの打撃が大きすぎて失業率が改善しないのであり、オバマが景気対策をうたなかったらもっと多くの人々が失業で苦しんでいたはずだというのが理性的な結論であるのだろうに。日本でもいまだに民営化・市場原理主義を信奉する人がたくさんいる。消費税増税を政府が検討しているのもかかわらず、なぜ法人税を減税するのか人々はそこに疑問を感じないのだろうか?法人税を減税すれば景気が回復するとでも思っているのだろうか?郵政を民営化すれば何でもよくなると思っているのだろうか?公務員を削減すればその分GDPは減少するし、失業率も高まってしまうだろう。

2010年12月11日土曜日

ユーロに加わることのデメリット

ドイツのメルケル首相が10月28日にブリュッセルにて行われたEUサミットの夕食会にて、ドイツがユーロを放棄するということを示唆したという。ドイツは、経済支援をうけたユーロ加盟国からEU Councils での投票権を剥奪することを要求していたが、それは経済小国にとっては不公平で非民主的なシステムになってしまう。1999年にユーロが導入されて以来、同通貨システムの今後の不確定性は最大に近づきつつある。ギリシャやアイルランドを救済したところで、それらの国の経済が回復するわけではないし、スペインやポルトガルの債務危機が顕在化するのは遠い話ではない。救済する(救済できる)のは経常収支黒字のドイツくらいなものだが、そのドイツが今回「ユーロからの離脱も一つのオプションだ」と(夕食会にて)暗にそそのかしたことでその通貨の先行きは一層不透明になったと思われる。
リスボン条約は2007年12月にEU加盟国によって署名され昨年度12月に発行した。この条約はマーストリヒト条約とローマ条約の修正であり、 より中央集権的(ドイツなどの大国寄り)になっているとの批判もある。European Council はEUの公式な機関となり事実上EUの政策の決める。投票システムの改定やEU加盟停止に対しても影響力を持つようだ。ドイツやフランスなど人口の多い大国は多く票が割り当てられるために、大国主導の意思決定機関になってしまう可能性もある。今回のブリュッセルでの会議では経済危機に対応するための体系を2013年に施行するという案を了承した。
チェコ共和国の首相であるPetr Necas氏は、ユーロ導入を急ぐべきではないと述べている。同首相は、現在チェコの独自通貨をコントロールすることで同国が利益を得ていることを繰り返しながら、同国をユーロ圏へ入れるかどうかは同国が決めることとし、今ユーロを導入する(もしくは導入の予定を決める)のは政治的・経済的に愚かなことであると述べている。ネチャス首相の主張は正しい。ユーロ加盟は金融政策の放棄と同等である分、経済が大国に比して弱い同国が今現在ユーロゾーンに入ることが同国の経常収支に悪影響を与えることは十二分に予期できるからだ。

ユーロに加盟するデメリットは簡単に言えば「主権国家がお金を刷る能力を失ってしまうこと」である。ユーロ圏ではEuropean Central Bank(ECB)のみがユーロの紙幣を発行できる。言い換えればユーロの加盟国は独自に政策金利の上げ下げや、お金を刷ってインフレ率の調整ができないのである。ゆえにひとたび政府の負債が膨らめば現在のギリシャ、アイルランド、スペインさらにはポルトガルなどのように負債問題を自力で解決できず長期金利が高騰し、EUやIMFに救済を要請するシナリオになるのだ。

PS. 国家の3要素とは領土、国民、主権であるが、その領土や国民を他国から守るために各国はそれぞれの自衛力を有していて、個別的自衛権もある(国連憲章51条)。簡単に言えば軍事力をもっている。この軍事力を他国に移譲してしまったらどうなるだろう?自国を防衛するすべが無くなり、他国と対等に交渉ができなくなってしまう。さらには軍隊や警察は治安維持に必要だが、これだけでは国民は安心した生活をおくることはできない。お金が無ければ食料を買うことができず、困窮してしまう。お金を得るには所得が必要で、所得を得るには一般には雇用されて労働することが求められるが、世の中が不景気では失業率が高くなり職を失う人が増えてくる。また企業赤字が増えて倒産を余儀なくされる企業も出てくる。それら失業率や企業業績を改善させるためには政策金利を下げて企業が銀行からお金を借りやすくしたり、中央銀行がしっかりお金を刷ってインフレ率を上げて企業や家庭持ちサラリーマンの債務や住宅ローンの負担を軽くしたりする金融緩和が不可欠である。なので金融政策を他国に任せることは軍事力を他国に移譲するようなものである。